」
「まあ……」
「そうだ。それにこれだけのことは話してもいい」と少年は続《つづ》けた。「きみももしあの人を親方に持つんだったら、心得《こころえ》になることだからね。ぼくの名前はマチアと言うよ。ガロフォリはぼくのおじさんだ。ぼくの母さんはいるが、六人の子どもをかかえているし、たいへんびんぼうでくらしがたたないでいる。ガロフォリが去年来たとき、ぼくをいっしょに連《つ》れて帰ったのさ。いったいぼくよりはつぎの弟のレオナルドを連れて行きたかったのだ。レオナルドはぼくとちがって器量《きりょう》がいいのだからね。お金をもうけるには不器量《ぶきりょう》ではだめだよ。ぶたれるか、ひどく悪口を言われるだけだ。でもぼくの母さんはレオナルドが好《す》きで手ばなさないから、やはりぼくが来ることになったのだ。ああ、うちをはなれて、親兄弟や、小ちゃな妹に別《わか》れるのはどんなにつらかったろう。
ガロフォリ親方はこのうちへ子どもをたくさん置《お》いてあって、中にはえんとつそうじもあれば、紙くず拾いもある。働《はたら》くだけの力のない者は町で歌を歌ったりこじきをしている。ガロフォリはぼくに二ひき小さな白いはつかねずみをくれて、それを往来《おうらい》で見世物に出させて、毎晩《まいばん》三十スー持って帰って来なければならないと言いわたした。三十スーに一スーでも不足《ふそく》があれば、不足だけむちでぶたれるのだ。きみ、三十スーもうけるにはずいぶん骨《ほね》が折《お》れる。けれどぶたれるのはもっとつらい。とりわけガロフォリが自分で手を下ろすときはよけい痛《いた》いのだ。それでぼくは金を取るためいろんなことをしてみるが、よく不足なことがあった。たいていほかの子どもたちが夜帰って来て、決められた金を持って来たとき、ぼくは自分の分に足りないとガロフォリは気ちがいのようにおこった。もう一人|仲間《なかま》にやはりはつかねずみの見世物を出す子どもがある。このほうは四十スーと決められているのだが、毎晩《まいばん》きっとそれだけの金を持って帰る。そんなときぼくはその子がどんなふうにして金をもうけるか見たいと思って、いっしょについて行った……」
かれはことばを切った。
「それで」とわたしはたずねた。
「おお、見物のおくさんたちは決まってこう言うのだ。きれいな子のほうへおやりよ。みっともない子どものほうでなく、と。そのみっともない子どもというのはむろんぼくだった。そこでぼくはもうその子とは行かないことにした。ぶたれるのは痛《いた》いけれど、そんなことをしかもおおぜいの人の前で言われるのはもっとつらい。きみはだれからも、おまえはみにくいと言われたことがないから知るまい。だがぼくは……さてとうとうガロフォリは、ぶってもたたいてもぼくには効《き》き目《め》がないのをみて、ほかのしかたを考えた。それは毎晩《まいばん》ぼくの晩飯《ばんめし》のいもを減《へ》らすのだ。きさまの皮はいくらひっぱたいても平気で固《かた》いが、胃《い》ぶくろはひもじいだろうと言った。それはつらいが、でもぼくのねずみの見世物を見ている往来《おうらい》の人に向かって、どうか一スーください、くださらないと、今夜はおいもが食べられませんとは言われない。人はそんなことを言ったって、なにもくれるものではないよ」
「じゃあ、どうするとくれるの」
「それはきみ、だれだって自分の心を満足《まんぞく》させるためにくれるのだ。なんでもなく人に物をくれるものではないよ。その子どもがかわいらしくって、きれいであるか、あるいはその人たちの亡《な》くした子どものことを思い出させるとかいうならくれる。子どもはおなかがすいているからかわいそうだと思って、くれる者はない。ああ、こんなことで長いあいだにぼくは世の中の人の心持ちがわかってきた。ねえ、きょうは寒いじゃないか」
「ああ、ひどい寒さだね」
「ぼくはこじきをしてから、だんだん太れないで青くなった」と少年は続《つづ》いて言った。「ぼくはずいぶん青い顔をしている。それでぼくはたびたび人が、あのびんぼう人の子どもはいまに飢《う》えて死ぬだろうと言っているのを聞いた。だが苦しそうな顔つきは、楽しそうな顔つきではできないことをしてくれる。その代わりひじょうにひもじい目をこらえなければならない。とにかくおかげでだんだんぼくを気のどくがる人が近所にできた。みんな、ぼくのもらいの少ないときにはパンやスープをめぐんでくれる。これはぼくのいちばんうれしいときで、ガロフォリにぶたれもしないし、晩飯《ばんめし》にいもがもらえなくっても、どこかでなにか昼飯《ひるめし》にもらって食べて来るから苦しいこともなかった。けれどある日ガロフォリが、ぼくが水菓子屋《みずがしや》にもらった一さらのスープを飲んでいるところを見つける
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