は舞台《ぶたい》をこしらえたりした。そして思い切って残《のこ》りの五十スーでろうそくを買うと、それを半分に切って、明かりを二|倍《ばい》に使うくふうをした。
わたしたちの部屋《へや》の窓《まど》から見ていると、かれは雪の中を行ったり来たりしていた。わたしはどんな番組をかれが作るか、心配であった。
わたしはすぐにこの問題を解《と》くことができた。というのは、そのとき村の広告屋《こうこくや》が赤いぼうしをかぶってやって来て、宿屋《やどや》の前に止まった。たいこをそうぞうしくたたいたあとで、かれはわれわれの番組を読み上げた。
その口上《こうじょう》を聞いていると、よくもきまりが悪くないと思われるほど親方は思い切って大げさなふいちょうをした。なんでも世界でもっとも高名な芸人《げいにん》が出る――それはカピのことであった――それから『希世《きせい》の天才なる少年歌うたい』が出る。その天才はわたしであった。
それはいいとして、この山勘口上《やまかんこうじょう》で第一におもしろいことは、この興行《こうぎょう》に決まった入場料《にゅうじょうりょう》のなかったことであった。われわれは見物の義侠心《ぎきょうしん》に信頼《しんらい》する。見物は残《のこ》らず見て聞いてかっさいをしたあとで、いくらでもお志《こころざし》しだいにはらえばいいというのである。
これがわたしにはとっぴょうしもなくだいたんなやり方に思われた。だれがわたしたちをかっさいする者があろう。カピはたしかに高名になってもいいだけのことはあったけれど、わたしが……わたしが天才だなどとは、どこをおせばそんな音《ね》が出るのだ。
たいこの音を聞くと、カピはほえた。ジョリクールはちょうどひじょうに悪かった最中《さいちゅう》であったが、やはり起き上がろうとした。たいこの音とカピのほえ声を聞くと、芝居《しばい》の始まる知らせであるということをさとったようであった。
わたしは無理《むり》にかれをねどこにおしもどさなければならなかった。するとかれは例《れい》のイギリスの大将《たいしょう》の軍服《ぐんぷく》――金筋《きんすじ》のはいった赤い上着とズボン、それから羽根《はね》のついたぼうしをくれという合図をした。かれは両手を合わせてひざをついて、わたしにたのみ始めた。いくらたのんでも、なにもしてもらえないとみると、かれはおこって見せた。それからとうとうしまいにはなみだをこぼしていた。かれに向かって、今夜|芝居《しばい》するなんという考えを捨《す》てなければならないことを納得《なっとく》させるには、たいへんな手数のかかることがわかっていた。それよりもかくれて出て行くほうがいいとわたしは思った。
親方が帰って来ると、かれはわたしにハープをしょったり、いろいろ興行《こうぎょう》に入りようなものを用意するように言いつけた。それがなんの意味だということを知っているジョリクールは、今度は親方に向かって請求《せいきゅう》を始めた。かれは自分の希望《きぼう》を表すために苦しい声をしばり出したり、顔をしかめたり、からだを曲げたりするよりいいことはなかった。かれのほおにはほんとうになみだが流れていたし、親方の手におしつけたのは心からのキッスであった。
「おまえも芝居《しばい》がしたいのか」と親方はたずねた。
「そうですとも」とジョリクールのからだ全体がさけんでいるように思われた。かれは自分がもう病人でないことを示《しめ》すために、とび上がろうとした。でもわたしたちは外へかれを連《つ》れ出せば、いよいよかれを殺《ころ》すほかはないことをよく知っていた。
わたしたちはもう出て行く時刻《じこく》になった。出かけるまえにわたしは長く持つようにいい火をこしらえて、ジョリクールを毛布《もうふ》の中にすっかりくるんだ。かれはまたさけんで、できるだけの力でわたしをだきしめた。やっとわたしたちは出発した。
雪の中を歩いて行くと、親方はわたしに今夜はしっかりやってもらいたいということを話した。もちろん一座《いちざ》の主《おも》な役者たちがいなくなっていては、いつものようにうまくいくはずはなかったが、カピとわたしとでおたがいにいっしょうけんめいにやれるだけはやらなければならなかった。なにしろ四十フラン集めなければならなかった。
四十フラン。おそろしいことであった。できない相談《そうだん》であった。
親方はいろいろなことを用意しておいたので、わたしたちがすべきいっさいのことはろうそくの火をつけることであった。けれどこれはむやみにつけてしまうこともできない。見物がいっぱいになるまではひかえなければならない。なにしろ芝居《しばい》のすむまでに明かりがおしまいになるかもしれないのであった。
わたしたちがいよいよ芝居小屋にはいった
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