と、なぜぼくがうちで晩飯《ばんめし》をもらわずに平気で出て行くか、そのわけを初《はじ》めて知った。それからはぼくにうちで留守番《るすばん》させて、このスープの見張《みは》りを言いつけた。毎朝出て行くまえに肉と野菜《やさい》をなべに入れて、ふたに錠《じょう》をかってしまう。そしてぼくのすることはそのにえたつのを見るだけだ。ぼくはスープのにおいをかいでいる。だがそれだけだ。スープのにおいでは腹《はら》は張《は》らない。どうしてよけい空腹《くうふく》になる。ぼくはずいぶん青いかい。ぼくはもう外へ出ないから、みんながそう言うのを聞かないし、ここには鏡《かがみ》もないのだからわからない」
「きみはほかの人よりかよけい青いとは思えないよ」とわたしは言った。
「ああ、きみはぼくを心配させまいと思ってそう言うのだ。けれどぼくはもっともっと青くなって、早く病気になるほうがうれしいのだ。ぼくはひじょうに悪くなりたいのだ」
わたしはあきれて、かれの顔をながめた。
「きみはわからないのだ」とかれはあわれむような微笑《びしょう》をふくんで言った。「ひどく加減《かげん》が悪くなればみんなが世話をしてくれる。さもなければ死なせてくれる。ぼくを死なせてくれればなにもかもおしまいだ。もう腹《はら》を減《へ》らすこともないし、ぶたれることもないだろう。それにぼくたちは死ねば天にのぼって神様といっしょに住むことになるのだ。そうだ、そうなればぼくは天にのぼって、上から母さんや、クリスチーナを見下ろすことができる。神様にたのんで妹を不幸《ふしあわ》せにしないようにしてもらうこともできる。だからぼくは病院へやられればうれしいと思うよ」
病院――というとわたしはむやみにおそろしい所だと思いこんでいた。わたしはいなか道を旅をして来たあいだ、どんなに気分が悪く思うときでも、病院へやられるかもしれないと思い出すといつでも力が出て、無理《むり》にも歩いたものだった。マチアのこういうことばにわたしはおどろかずにはいられなかった。
「ぼくはいまではずいぶんからだの具合が悪くなっている。だがまだガロフォリのじゃまになるほど悪くはなっていない」と、かれは弱い、ひきずるような声で話を続《つづ》けた。「でもぼくはだんだん弱くなってきたよ。ありがたいことにガロフォリはまるっきりぶつことをやめずにいる。八日まえにもぼくの頭をうんと
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