のが赤子のじぶん飲みつけていたものですから、それでよけい子どものじぶんが思い出されるとみえます」というように言うのであった。この作り話の効《き》き目《め》がいつもあるわけではなかったが、たまにそれが当たるといい一晩《ひとばん》が過《す》ごされた。そうだ、わたしはほんとにひつじの乳《ちち》を好《す》いていた。だからこれがもらえると、そのあくる日はずっと、元気になったように感じた。
 パリに近づくにしたがって、いなか道がだんだん美しくなくなるのが、きみょうに思われた。もう雪も白くはないし、かがやいてもいなかった。わたしはどんなにかパリをふしぎな国のように言い聞かされていたことであろう。そしてなにかとっぴょうしもないことが始まると思っていた。それがなんであるか、はっきりとは知らなかった。わたしは黄金の木や、大理石の町や玉でかざったご殿《てん》がそこにもここにも建《た》っていても、ちっともおどろきはしなかったであろう。
 われわれのようなびんぼう人がパリへ行って、いったいなにができるのであろう。わたしはしじゅうそれが気になりながら、それを親方に聞く勇気《ゆうき》がなかった。かれはずいぶんしずみきってふきげんらしかった。
 けれどある日とうとうかれのほうからわたしのほうへ近づいて来た。そしてかれのわたしを見る目つきで、このごろしじゅう知りたいと思っていたことを知ることができそうだと感じた。
 それはある大きな村から遠くない百姓家《ひゃくしょうや》にとまった朝のことであった。その村はブアシー・セン・レージェという名であることは、往来《おうらい》の標柱《ひょうちゅう》でわかった。
 さてわたしたちは日の出ごろ宿《やど》をたって、別荘《べっそう》のへいに沿《そ》って、そのブアシー・セン・レージェの村を通りぬけて、とある坂の上にさしかかった。その坂のてっぺんから見下ろすと、目の前には果《は》てしもなく大きな町が開けて、いちめんもうもうと立ち上がった黒けむりの中に、所どころ建物《たてもの》のかげが見えた。
 わたしはいっしょうけんめい目を見張《みは》って、けむりやかすみの中にぼやけている屋根や鐘楼《しょうろう》や塔《とう》などのごたごたした正体を見きわめようと努《つと》めていたとき、ちょうど親方がやって来た。ゆるゆると歩いて来ながら、いままでの話のあとを続《つづ》けるというふうで、

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