かずつ仲間《なかま》をなくした悲しみをまぎらしてゆくようであった。でも習慣《しゅうかん》の力はえらいもので、ときどき立ち止まっては、一座《いちざ》の仲間《なかま》が後から来るのを待ちうけるふうであった。それはかれが以前《いぜん》一座の部長であったとき、座員を前にやり過《す》ごして、いちいち点呼《てんこ》する習慣《しゅうかん》があったからである。けれどそれもほんの数秒時間のことで、すぐ思い出すと、もうだれも後から来るはずがないと思ったらしく、すごすご後から追い着いて来て、ドルスもゼルビノも来ませんが、それでやはりちがってはいないのですというように親方をながめるのであった。その目つきには感情《かんじょう》とちえがあふれていて、見ていると、こちらも引き入れられるように思うのであった。
 こんなことは、ちっとも旅行をゆかいにするものではなかったが、わたしたちの気をまぎらす種《たね》にはなった。
 行く先ざきの野面《のづら》はまっ白な雪でおおわれて、空には日の光も見えなかった。いつも青白い灰《はい》色の空であった。畑《はた》をうつ百姓《ひゃくしょう》のかげも見えなかった。馬のいななきも聞こえなければ、牛のうなりも聞こえなかった。ただ食に飢《う》えたからすが、こずえの上で虫を探《さが》しあぐねて悲しそうに鳴いていた。村で戸を開けているうちはなくって、どこもしんと静《しず》まり返っていた。なにしろ寒気がひどいので、人間は炉《ろ》のすみにちぢかまっているか、牛小屋や物置《ものお》き小屋《ごや》でこそこそ仕事をしていた。
 でこぼこな、やたらにすべる道をまっしぐらにわたしたちは進んで行った。
 夜はうまややひつじ小屋で一きれのパン、晩飯《ばんめし》にはじつに少ない一きれのパンを食べてねむった。その一きれが昼飯と晩飯をかねていた。
 ひつじ小屋に明かすことのできるのは、中での楽しい晩《ばん》であった。ちょうど雌《め》ひつじが子どもに乳《ちち》を飲ませる時節《じせつ》で、ひつじ飼《か》いのうちには、ひつじの乳をかってにしぼって飲むことを許《ゆる》してくれる者もあった。でもわたしたちはひつじ飼いに向かっていきなり、腹《はら》が減《へ》って死にそうだとも話しえなかったけれど、親方は例《れい》のうまい口調でそれとなしに、「この子どもはたいへんひつじの乳《ちち》が好《す》きなのですよ。それという
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