にん》の女にその汁《しる》を吸《す》わせました。すると女はやっと元気《げんき》がついて、
「まあ、わたしはどうしたというのでしょう。」
といいながら、そこらを見回《みまわ》しました。みんなは水《みず》がなくって困《こま》っていたところへ、往来《おうらい》の男がみかんをくれたので助《たす》かったことを話《はな》しますと、女はよろこんで、
「もしこの人がいなかったら、わたしはこの野原《のはら》の上で死《し》んでしまうところでしたね。」
といって、真《ま》っ白《しろ》な上等《じょうとう》な布《ぬの》を三反《さんたん》出《だ》して、
「どんなお礼《れい》でもして上《あ》げたいところだけれど、途中《とちゅう》でどうすることもできないから、ほんのおしるしにさし上《あ》げます。」
といって、渡《わた》しました。
若者《わかもの》はそれをもらって、
「おやおや、みかん三つが布《ぬの》三|反《たん》になった。」
と、ほくほくしながら布《ぬの》を小《こ》わきにかかえて、また歩《ある》いて行きました。
四
その明《あ》くる日《ひ》、若者《わかもの》はまた昨日《きのう》のようにあてもなく歩《ある》いて行きました。するとお昼《ひる》近《ちか》くなって、向《む》こうから大《たい》そうりっぱないい馬《うま》に乗《の》った人が、二、三|人《にん》のお供《とも》を連《つ》れて、とくいらしくぽかぽかやって来《き》ました。若者《わかもの》はその馬《うま》を見《み》ると、
「やあ、いい馬《うま》だなあ、ああいうのが千両馬《せんりょううま》というのだろう。」
と、思《おも》わず独《ひと》り言《ごと》をいいながら、馬《うま》をながめていました。すると馬《うま》は若者《わかもの》の前《まえ》まで来《き》て、ふいにばったり倒《たお》れて、そのままそこで死《し》んでしまいました。乗《の》っている主人《しゅじん》もお供《とも》の家来《けらい》たちも、真《ま》っ青《さお》になりました。馬《うま》のくらをはずして、水《みず》を飲《の》ましたり、なでさすったり、いろいろにいたわっていましたが、馬《うま》はどうしても生《い》き返《かえ》りませんでした。乗《の》り手《て》はがっかりして、泣《な》き出《だ》しそうな顔《かお》をしながら、近所《きんじょ》の百姓馬《ひゃくしょううま》を借《か》りて、それに
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