われるままに、たにしの子を、三俵《さんびょう》の米俵《こめだわら》と米俵とのあいだに、しっかり落ちないようにのせてやって、
「じゃあ行っておいで」
といって、馬のおしりをたたきました。
「おとうさん、おかあさん、では行ってまいります」
 たにしの子は、人間の子とちっともちがわない言葉で、そうはっきりこたえて、
「さあ出かけよう。はい、しい、しい」
 と、じょうずに声をかけました。馬はひひんといなないて、ぱっか、ぱっか、あるき出しました。
 でも心配《しんぱい》なので、おとうさんがうしろからそっとついて行きますと、たにしの子は馬の上から、馬方《うまかた》のするとおりかけ声ひとつで、きように馬を進めて行きました。林の曲《まが》り角《かど》やせまいやぶのなかにかかると、はいどう、はいどう馬を止めて、ゆっくりあるかせます。あぶない橋《はし》の上でも溝川《どぶがわ》のふちでも、ほい、ほい、いいながら、ぶじに通りぬけました。そうして、ひろい田んぼ道《みち》に出ると、よくすんだ、うつくしい声で、馬子《まご》うたをうたい出すので、馬もいい気持ちそうに、シャン、シャン、鈴《すず》を鳴《な》らしながら、げんきよくかけ出して行きました。
 田のなかで草をとっていたお百姓《ひゃくしょう》たちは、馬方《うまかた》のかげも見えないのに、俵《たわら》をつけた馬だけが、のこのこ、畑道《はたけみち》をあるいて行くうしろ姿《すがた》を、みんなふしぎそうに見送っていました。


     二

 だれも人のついていない馬が、ひとりであるいてきて、小作《こさく》のお米を三俵《さんびょう》もはこび込んできたというので、長者屋敷《ちょうじゃやしき》の人たちはびっくりしました。するとそれがじつはひとりでなく、ちいさなたにしが、米俵《こめだわら》のあいだにはさまってついてきて、俵のなかから人間のような声で、
「お米を持ってきたからおろしてください」
と、どなっているのがわかると、よけいびっくりしてしまいました。
「だんなさま、たにしが馬を引いてお米を持ってきました」
と、みんながいってさわぐので、主人の長者ものこのこ出てきました。そのあいだに、たにしの子はひとりではきはき、下男《げなん》たちにさしずをして、お米を馬からおろして、倉《くら》に積《つ》みこませました。そうしてすすめられると、ずんずんお屋敷《やしき》のまんなかに通って、――といいたいところですがじつはころころころがって行って、ごちそうのおぜんのまえにすわりました。
「どうも、今日はおもてなし、ありがとうございます」
 こういって、ちいさなたにしが、りっぱに、ごあいさつの口上《こうじょう》をのべたので、長者《ちょうじゃ》屋敷の人たちも、ほんとうにびっくりしてしまいました。
「いくら水神《すいじん》さまのお申《もう》し子《ご》でも、こんなりこうな口をきくたにしはめずらしい」
 こうおもって、長者はこのたにしを、いつまでもうちの宝物《たからもの》にしておきたくなりました。そこで、たにしのごきげんをとるつもりで、
「たにしどの、たにしどの、お前さんをうちのむすめのむこにとりたいが、どうだね」
といいました。すると、たにしはまじめな声で、
「それはどうもありがとうございます。ではうちへ帰って、おとうさんとおかあさんに話してみましょう」
といって、さもうれしそうに帰って行きました。
 たにしは帰るとさっそく、両親の百姓夫婦《ひゃくしょうふうふ》にこの話をしました。お百姓《ひゃくしょう》はおどろいて、長者《ちょうじゃ》の所《ところ》へほんとうかどうか、たずねにきました。長者もいまさら、それはじょうだんだともいえないので、
「ああ、ほんとうだとも。では、ふたりのむすめをよんで、どちらがむすこさんのおよめになるかきいてみよう」
といって、まず姉《あね》のむすめをよび出しました。
「かわいいたにしどのを、お前はむこにとりたいか」
 こういうと、姉のむすめは半分もきかずに、
「まあ田のなかのきたない虫っけらなんか」
と、おこった声でいって、畳《たたみ》をけ立てて出て行きました。
 そこで、こんどは、妹《いもうと》のむすめをよび出しました。
「かわいいたにしどのを、お前はむこにとりたいか」
 こういうと、妹のむすめは、
「おとうさんのお約束《やくそく》なさったことなら、そのとおりにいたしましょう」
と、すなおにこたえたので、とうとう、たにしの子は長者のむこになることになりました。


     三

 長者のむすめは、たにしのおむこさんをだいじにして、その上、たにしのおとうさんやおかあさんにもしんせつにしてやりました。でもこのおむこさんはあまりちいさいので、一緒《いっしょ》に里のおとうさんおかあさんの家へ行くときにはおよめさんはおむこさ
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