んをじぶんの帯《おび》のあいだに、ちょこなんとはさんで、仲《なか》よく話しながら行きました。でも往来《おうらい》の人には、帯の上におむこさんのいることがわからず、およめさんがぶつぶつひとりごとをいってあるいているように見えるので、みんなふりかえって、ふしぎそうな顔をしました。
 ある日、お天気がいいので、いつものように、帯のあいだにおむこさんをはさんで、およめさんは、お里の両親をたずねに行きました。
 水神《すいじん》のお社《やしろ》の前までくると、たにしのおむこさんは、
「どうも帯のあいだにのせられてばっかりいるのも、きゅうくつになった。すこしおりて休んでいこう」
と、およめさんにいいました。
「ではこの上がきれいで、ひろくっていいでしょう」
と、およめさんはいって、石の鳥居《とりい》の上に、おむこさんを休ませました。
「ああ、ひろい田んぼが見えて、青青《あおあお》した空がながめられて、ひさしぶりでいい心持《こころも》ちだ。わたしはここでしばらく日向《ひなた》ぼっこをしているから、そのあいだにお前はお社へおまいりしてくるといいよ」
「それでは、いそいで行ってまいります」
 およめさんは、それから石段をのぼって、お社《やしろ》におさい[#「さい」に傍点]銭《せん》をあげて、ていねいに神さまにおじぎをして、またいそいで、石段をおりて帰って行きました。
 ところで、もとの石の鳥居《とりい》の所《ところ》まできてみると、そこにちゃんとのっていたはずの、たにしのおむこさんの姿《すがた》が見えません。鳥居の台石《だいいし》からころげ落ちたのかとおもって、そこらをきょろきょろ見まわしましたが、それらしいもののかげもかたちも見えません。
 もしやからすが、ついくちばしのさきでつばんで、持って行ったのではないか、どうかしてそこらの田のなかへでも、ころがって行ったのであればいいがとおもって、およめさんは田んぼのなかにはいってみました。春さきのことで田のなかは、水がじくじくわき出していて、田の草のなかから、すみれやげんげの花が、顔を出していました。
 およめさんはよそ行きのきれいな着物が、どろでよごれるのもわすれて、水田《すいでん》のなかへはいって行きました。そうして、
  「つぶ、つぶ、お里へまいらぬか。
   つぶ、つぶ、むこどの、どこへ行《い》た、
   お彼岸《ひがん》まいりにさそわれて、
   からすのくちにつつかれな、
   犬の足にふまれるな」
といいながら、田から田へとさがしてまわりました。どこへ行ってもたにしは数《かず》しれずうじゃうじゃころがっていますが、それがあんまりおおすぎて、どれがおむこさんのたにしなのか、かいもく、わけがわからなくなってしまいました。
 およめさんは、それでもあきらめきれないので、あいかわらず、
  「つぶ、つぶ、お里へまいらぬか。
   つぶ、つぶ、むこどの、どこへ行《い》た」
といいいい、さがしてまわるうちに、春の日はいつか暮《く》れて、もう田んぼのなかはよく見えないのに、からだはどろまみれになってしまいました。すっかりくたびれて、がっかりしきって、泣き顔になって、およめさんは、深い深いどろ田のなかに、いまにもずるずる引きこまれそうになったとき、
「これ、これ、こんな所《ところ》で、いつまでもなにをしているのだね」
といいながら、いつどこからあらわれたか、光るようなうつくしいわかものが、涙《なみだ》でかすんでいるおよめさんの目の前に、にっこりわらって立っていました。
 水神《すいじん》さまの申《もう》し子《ご》でありながら、わけがあって、十年ものながいあいだ、たにしのからのなかに封《ふう》じ込められていたのが、きょう、およめさんが水神《すいじん》さまのお社《やしろ》に参詣《さんけい》して、まごころをこめておいのりしてくれたおかげで、封《ふう》じがとけて、このとおりりっぱなわかものの姿《すがた》に、かわることができたのです。
 あたりまえの人間同士のおむこさんとおよめさんになったふたりは、あらためて水神さまのお社に、お礼《れい》まいりをして、めでたくうちへ帰りました。
 こうして、ちいさなたにしから出世《しゅっせ》したおむこさんは、たにしの長者《ちょうじゃ》とよばれて、やさしいおよめさんと一緒《いっしょ》に、末《すえ》ながく栄《さか》えましたと、さ。



底本:「むかし むかし あるところに」童話屋
   1996(平成8)年6月24日初版発行
   1996(平成8)年7月10日第2刷発行
底本の親本:「日本童話宝玉集(上中下版)」童話春秋社
   1948(昭和23)〜1949(昭和24)年発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2001年12月19日公開
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