え、もうこうしてつかまったのですもの、今《いま》さら逃《に》げるものですか。まあ、ためしに下《お》ろしてごらんなさい。」
 あんまりしつっこく、殊勝《しゅしょう》らしくたのむものですから、おばあさんもうかうか、たぬきの言うことをほんとうにして、縄《なわ》をといて下《お》ろしてやりました。するとたぬきは、
「やれやれ。」
 としばられた手足《てあし》をさすりました。そして、
「どれ、わたしがついてあげましょう。」
 と言《い》いながら、おばあさんのきねを取《と》り上《あ》げて、麦《むぎ》をつくふりをして、いきなりおばあさんの脳天《のうてん》からきねを打《う》ち下《お》ろしますと、「きゃっ。」という間《ま》もなく、おばあさんは目をまわして、倒《たお》れて死《し》んでしまいました。
 たぬきはさっそくおばあさんをお料理《りょうり》して、たぬき汁《じる》の代《か》わりにばばあ汁《じる》をこしらえて、自分《じぶん》はおばあさんに化《ば》けて、すました顔《かお》をして炉《ろ》の前《まえ》に座《すわ》って、おじいさんの帰《かえ》りを待《ま》ちうけていました。
 夕方《ゆうがた》になって、なんにも知《し》らないおじいさんは、
「晩《ばん》はたぬき汁《じる》が食《た》べられるな。」
 と思《おも》って、一人《ひとり》でにこにこしながら、急《いそ》いでうちへ帰《かえ》って来《き》ました。するとたぬきのおばあさんはさも待《ま》ちかねたというように、
「おや、おじいさん、おかいんなさい。さっきからたぬき汁《じる》をこしらえて待《ま》っていましたよ。」
 と言《い》いました。
「おやおや、そうか。それはありがたいな。」
 と言《い》いながら、すぐにお膳《ぜん》の前《まえ》に座《すわ》りました。そして、たぬきのおばあさんのお給仕《きゅうじ》で、
「これはおいしい、おいしい。」
 と言《い》って、舌《した》つづみをうって、ばばあ汁《じる》のおかわりをして、夢中《むちゅう》になって食《た》べていました。それを見《み》てたぬきのおばあさんは、思《おも》わず、「ふふん。」と笑《わら》うひょうしにたぬきの正体《しょうたい》を現《あらわ》しました。
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「ばばあくったじじい、
流《なが》しの下の骨《ほね》を見《み》ろ。」
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 とたぬきは言《い》いながら、大きなし
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