歪んだ夢
蘭郁二郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)輾轉《てんてん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)そっ[#「そっ」に傍点]と
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私は、学生時代からの不眠が祟って、つい苦しまぎれに飲みはじめた催眠薬が、いつか習慣的になってしまったものか、どうしてもそれなしには、一日も過すことが出来なくなってしまったのです。
ああ、私からは最早、『壮快な睡眠』は奪いさられてしまったのです。眠られぬ夜――それはどんなに苦痛なものだったでしょう。あの輾轉《てんてん》として、生暖かい床の上に、この体をもてあましている切なさ、苛立《いらだ》たしさ……ワッと大声で泣叫びたいような、地獄の苦しみなのです。それは健康な方には、とても想像も出来ないことでしょうけど、でも、眠られぬ病人が、たった一晩で、ゲッソリ窶《やつ》れてしまうことで、いくらか私の言う苦しみをお察し下さるかも知れませんが……。
そして私は、魔薬のお蔭で、浅くはありましたが、日向《ひなた》水のように生温《なまぬる》い、後味の悪い眠りではありましたが、どうやら続けて行くことが出来たのでした。
この、変窟な生活、不自然な眠りの中には、一寸想像も出来ないような、風変りな世界があるのです――それをお知らせしたいばかりに、このみじめな筆を執った訳なのですが――。
×
私は、子供の時から、夢に不思議な魅力を持っていました。といって、子供の時は、まったく偶《たま》にしか見ることはなかったのですけど、それが、中学のなかば頃からは、殆んど毎夜のように夢の世界を彷徨《うろ》つき廻っていたのです。――その頃からです、夜が眠むられなくなったのは――。うつらうつらとしたかと思うと、夢を見てはっと眼をさまし、真暗な闇の中に、物の気を幻覚したり、夜風の梢を渡る音に怯えたりしては、又深々と床の中に潜込み、そして夢の続きに吸込まれて行ったのでした。
――あくる朝、ふと浅い眠りからさめて、あかあかと障子《しょうじ》に朝日がさしているのを見ると、なにかしらほっとした気持になって、なま暖かい床に、長々と寝たまま、昨夜の夢をあれ、これと一つ一つ思い出してみるのでした。そしてその僅かな時間が、私の一日の中で最も愉しい時間なのでした。
その時分から昼間でも、いつの間にかぼんやりと雲の
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