ような幻想に浸っている私に気がついて、強い自己嫌悪を感ずるのですが、その後から後からと湧いて来る幻想をどうすることも出来ませんでした。
 その頃、私自身が経験したことで、今でもありありと憶えている恐しいことは、ある日活動写真を見に行った時のことでした。まだ震災前で、カウボーイ物や、探偵の続き物が全盛だった頃だと思います。
 それは、眼の前に、様々な形をした不恰好な岩が、目茶苦茶にころがっていて、ずーっと向うの方まで続いている、その又向うには小高い岩の丘があって、その上には積み上げたような城があった――こんな或る一場面でした、それを小屋の、便所臭い片隅で、ぼんやり見ている私は、思わず「おやっ」と小さく独りごとをいってしまいました。
(なんだか見たような景色だ――)
 そう思って、考えてみたのですが、次の瞬間、私は脊筋《せすじ》にすーっと冷たい物の駛《はし》るのを感じました。
 私はこれと全く同じ景色を夢の中で見たのです、二三日前、たしかに見たのです。私は恐しくなって又夢を見ているのではないか、と誰もがするように、そっ[#「そっ」に傍点]と腿をつねっても見ましたが、これはたしかに夢ではありません。私は矢張り活動館の中にいるのです。
 そんなことを考えているうちにも、カメラはどんどん岩を乗越えて進み、城が次第に大きく眼の前に拡がって来ました。すると、今まで暗かった城の窓に、ぱっと灯が入り、人影さえ写って来ました、――私は活動写真の中に、夢の続きを見ているのです。
 気がつくと、私は息をはずませながら、小屋の外へ飛出し、当てもなくもう夕闇の迫りかけた、なんとなく、遽《あわただ》しい街の中をせかせか歩きながら、あの奇妙な『偶然』を幾度も幾度も反芻していました。
 なんという恐ろしい偶然だったでしょう。勿論私は一度だって、あんな外国に行ったことはありません、絵ですら見たことはないのです。夢で見たきりなのです。
 ――いま、あの小屋では私の夢の続きを映写しているのだ、そして多くの人が、「私の夢」を観賞しているのです……。
 私はもう、訳もなく額に汗を浮べて、せかせかと街の中を歩き廻っていました。
       ×
 皆さんは、多分それから私がもうこの恐ろしい活動写真というものを見なくなったろうとお思いでしょう、ところがどうして私は前よりも熱心になって方々の活動館を見てあるくように
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング