ドアーが開けられると、
『あっ――』
思わず、三人とも異口同音に、低く呻《うめ》いた。そのなかは、まるで春のように明るく、暖かく、気のせいか、何か媚薬《びやく》のように甘い、馥郁《ふくいく》たる香気《こうき》すら漾《ただよ》っているのが感じられた。
然《しか》も、この別荘としては、その地下室は不相応に広いらしく、充分の間取りをもって、尚《なお》も奥へ続いているようであった。
その上、壁は四方とも美しい枠をもって鏡で貼られ、天井は全面が摺硝子《すりガラス》になっていて、白昼電燈が適当な柔かさをもって輝いてい、床には、ふかふかと足を吸込む豪奢《ごうしゃ》な絨毯《じゅうたん》が敷きつめられてあった。
それらの様子を、三人が呆然《ぼうぜん》と見詰め、見廻わしている中《うち》に、山鹿はそのドアーを閉め、それを背にして向き直った。
ああ、その顔は、いつもの皮肉な皺《しわ》が深々と刻込《きざみこ》まれ、悪鬼のように歪《ゆが》んでいた。
『ふ、ふ、ふ、とうとう捕まったね……この地下室を見つけられたのは大出来だったが、のこのこ這入《はい》って来るとは、飛んで火に入る――のたとえだね、まあ、ここを知られては三人とも二度と世の中におかえしする訳にはゆかんよ……ここで君達がどうなろうと、全然世間には漏れないんだからね……ふ、ふ、ふ』
そう低い声でいうと、いつの間にか右手には、鈍く光る短銃《ピストル》が握られていた。
(あ、しまった!)
三人とも、一瞬、歯を鳴らした。
『あ、蛾だ!』
鷺太郎が、山鹿の肩を指して叫んだ。
『え』
一寸、山鹿の体が崩れた、と鷺太郎の体が、砲弾のように飛びついたのと同時だった。
『畜生!』
ごろん、と音がすると短銃《ピストル》が落ちた。畔柳博士はすくい取るように拾った。
『山鹿! 変な真似をするな』
一挙に、又立場ががらりと逆になってしまった。まるで、それは西部活劇のような瞬間の出来事だった。
『馬鹿野郎――』
春生の右手が、山鹿の頬に、ビーンと鳴った。そして、洋服を剥取《はぎと》ると、ドアーの鍵を出して改めた。
鷺太郎は、この騒ぎに投出された「おみやげ」の箱を拾い上げると、
『山鹿、この上もないおみやげ[#「おみやげ」に傍点]だぞ……そら、蝶や蛾がうじゃうじゃいる――』
『あ、そ、それは……』
山鹿の全身は紙のように白くなって、わなわ
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