なと顫《ふる》えはじめた。その眼は真赤に充血してぴょこんと飛出し、脣《くちびる》は葡萄《ぶどう》色になって、ぴくぴくぴくとひきつっていた。
 世の中に、こんなにまで凄まじい恐怖の色があろうか。相手が、あの可愛いい蝶々だというのに――。
 狭い箱の中から開放された二十匹に余る様々な蝶や蛾は、あたりの明るさに酔って、さっ[#「さっ」に傍点]と飛立ち、忽《たちま》ちのうちに部屋一杯ひらひら、ひらひらと飛びかいはじめた。そしてあたりが鏡だったせいか、まるで、この部屋一杯に蛾が無類に充満し、恰《あたか》も散りしきる桜花《おうか》のように、春の夢の国のように、美しき眺めであった。
 そして、余りのことに、ぐったりと倒れてしまった山鹿の周囲にも、まるでレビューのフィナーレを見るように散り、飛びしきっていた。
      ×
 三人は、その様子をしばらく見ていたが、もう山鹿が身動きもしないし、鍵はとってしまったのだから出られまいと、尚《なお》もその奥のドアーを開けて進んだ。
 その次の部屋も、前と同じつくりの二十坪ほどもあろうかと思われる部屋で、豪華な家具や寝台が置かれてあり、その上、度胆《どぎも》を抜かれるほど驚ろいたのは、その部屋に、かろうじて、紗《うすもの》をつけた、或は、それこそ一糸も纏《まと》わぬ全裸な若い少女が二十人ほども、突然の闖入者《ちんにゅうしゃ》に、恐怖の眼を上げながら彳《たたず》んでいるのであった。
 と軈《やが》て、その二十人にも見えたのは、矢張《やは》り四方の鏡のせいで、実は四五人であることがのみこめたけれど、この地下に設けられた美少女群の裸体国は、一体何を物語るのであろう。
 彼女等は皆磨かれたように美しい肌をし、顔を粧《よそお》っていた。だが、まるでこの世界には着物というものは知られていないかのように、何処を捜しても、それらしいものは見当らなかった。
 そして又、異様な寝息に気がついて、じーと眼を据えて見ると、驚ろくべきことには、あの白藤鷺太郎に山鹿との交際を厳禁し、財産管理までしてしまった叔父の田母沢源助《たもざわげんすけ》のいぎたない[#「いぎたない」に傍点]豚のような寝姿が、つい先きの寝台の上に、ころがっていたのだ。
 一瞬、鷺太郎には、すべてを飲みこむことが出来た。叔父源助は、なんと山鹿の経営する秘密団のパトロンであったのだ、とすれば山鹿に欺《
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