ったそばまで来ると、
『鷺太郎君。ここでまっていてくれたまえ、私と春生君とが、ゆうべの二人のように草叢《くさむら》の中にはいって、私が消えてしまうから――』
『え――』
鷺太郎が、呆《あ》ッ気《け》にとられている間《あいだ》に、もう畔柳博士は春生を連れて、漸《ようや》く濃くなって来た夕闇の中を、進んで行った。それは恰度、ゆうべの悪夢の復習のように、そっくりであった。
二人は一寸立止ると、あの男女のように、小径を草叢の方にとった、と見る間に、もう姿は闇に溶け込んでしまった。
そして、ぽかんとした鷺太郎が、一二分ばかりも待った時であろうか、跫音がしたと思うと、いきなり後《うしろ》から、ぽんと肩を叩かれた。
『あ、畔柳さん……』
ギクンと振向くと、そこには、つい今まで白シャツを着ていた畔柳博士が、黒っぽいたて縞《じま》の浴衣《ゆかた》を着て、ニコニコしながら立っていた。
『どうだね鷺太郎君。僕が君の後方《うしろ》に廻ったのを知ってるかい――』
『いいえ、ちっとも気づかなかったですよ』
鷺太郎はまだ目をぱちくりしていた。
『どうです……』
春生も、崖を上って来た。
『やあ、大成功さ、やっぱり僕の睨《にら》んだ通りだよ。ゆうべの白服の男は山鹿だったんだ。――こういう訳さ、山鹿はあの草叢《くさむら》の中に浴衣や釣竿を隠して置いたんだ、そして計画通り兇行《きょうこう》を演じると、直《す》ぐさま――そら、斯《こ》ういう風に、白シャツと白パンツの上に浴衣を着て、あの草叢を磯べりづたいに君の後方に廻ったんだ。ね、こういう黒っぽいたて縞の浴衣なら、宛《まる》でカムフラージされたと同様だから少々の光線で識別がつかんよ、まして「白服だ」と思いこんでるんだからね。それに夜というもんは、上から下は見にくいもんだ、それに比較すれば下から上は、幾分《いくぶん》明るい空をバックにしているんで割合に見えるし――夜道で道に迷ったら跼《かが》んで見ろ、というのはこの辺を指した言葉だよ……、で山鹿が変装して帰ろうと上を仰ぐといつの間にか君がいるのに気がついた、で心配になったんで夜釣を装って君の様子を捜《さぐ》りに来たんだろうよ。ところが君は何も知らぬ様子なので安心したんだろうけど、でも君の出ように依《よ》っちゃ或《あるい》はあの女と同じことになったかも知れないぜ……』
『冗談いっちゃいけませんよ―
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