の夢のように美しくも目を奪うものであった。それは恰度ここ数日の間に、東北の僻村から銀座通りへ移されたような、驚ろくべき変化だった。
 あの悄々《しょうしょう》と鳴り靡《なび》いていた、人っ子一人いない海岸の雑草も、今日はあたりの空気に酔うてか、愉《たの》しげに顫《ふる》えている。無理もない、この海浜都市が、溌剌《はつらつ》たる生気の坩堝《るつぼ》の中に、放り込まれようという、今日《きょう》がその心もうきたつ海岸開きの日なのだから――。
 沖には、早打ちを仕掛けた打上げ船が、ゆたりゆたりと、光り輝く海面《うなも》に漾《ただよ》い、早くも夏に貪婪《どんらん》な河童共の頭が、見えつ隠れつ、その船のあたりに泳ぎ寄っていた。それが、恰度《ちょうど》青畳の上に撒《ま》かれた胡麻粒《ごまつぶ》のように見えた。
 鷺太郎は、雑草を分けると、近道をして海岸に下《お》り立った。
 砂は灼熱《しゃくねつ》の太陽に炒《い》られて、とても素足で踏むことも出来ぬ位。そして空気もその輻射《ふくしゃ》でむーっと暑かった。そして又ワーンと罩《こも》った若い男女の張切った躍動する肢体が、視界一杯に飛込んで来て、ここしばらく忘れられたようなサナトリウムの生活を送っていた彼は、一瞬、その強烈な雰囲気に酔うたのか、くらくらっと目の眩暈《くら》むのを覚えたほどであった。
 長い間の、うるさい着物から開放された少女たちの肢体がこんなにまで逞《たくま》しくも、のびのびとしているのか、ということは、こと新らしく鷺太郎の眼を奪った。
 なんという見事な四肢であろう。まだ陽に焼けぬ、白絹《しらぎぬ》のようなクリーム色、或《あるい》は早くも小麦色に焼けたもの、それらの皮膚は、弾々《だんだん》とした健康を含んで、しなやかに伸び、羚羊《かもしか》のように躍動していた。そして又、ぴったりと身についた水着からは、滾《こぼ》れるような魅惑の線が、すべり落ちている……。
 或は笑いさざめき乍《なが》ら、或は高く小手をかざしながら、ぽかんと佇立《つった》った鷺太郎の前を馳抜《かけぬ》ける時の、美少女の群の中からは、確かに磯の香ではない、甘い、仄かな、乙女のかおりが、彼の鼻腔につきささる――。
 彼はもう、ただそのぴちぴちと跳ねる空気に酔ったように立っていたが、漸《ようや》くこの裸体国の中で、たった一人、浴衣に経木帽《きょうぎぼう》とい
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