して見たが、あたりはまるでこの世の終りのように、シーンと静もりかえって、葉ずれの音以外、なんの物音も聴えなかった。
(二人とも、何処へ行ったんだろう……)
考えてみれば、あの二人が何処へ行こうと、お節介な話のようであったけれど、彼はなぜか胸のどきどきする不安を感じていたのである。そして、それは果して彼の危惧ではなかった。
鷺太郎が、その小径を下の草叢にまで下りたち、もう一度、前跼《まえこご》みになって、あたりを見透かした時だった。右手の方、一間半ばかり離れて、雑草の中に、何か、時々ぼーっと浮き出る白いものが眼についた。
(おや――)
と、我知らず早鐘《はやがね》を打ちだした胸を押えて、露っぽい草を掻《か》きわけながら、近寄ってみると、
『あっ……』
ギクン、と立止った。
さっきから感じていた何か知らぬ不安は、矢《や》ッ張《ぱ》り事実だったのだ。
そこには、あの山鹿の家《うち》から追《つ》けて来た、若い女が、棄《す》てられたように、ぐったりと寝ている、いやそればかりでない、その左の胸の、こんもりとした隆起の下には、匕首《あいくち》が一本、ぐさりと突刺っているのだ。……その匕首のつけ根から流れ出た血潮が、あの白地に大胆な赤線を配した洋服の上へ、さっと牡丹《ぼたん》の花を散らしたように、拡がっていた。
そして、それが、生い繁った雑草の中に寝かされてあり、その夏草の葉蔭にとまった蛍が、無心に息づく度に、ぼーっと蒼白い仄な光りと共に、それが隠し絵のように、浮び出るのであった。
蛍火が、絶入るばかりに蒼白かったせいか、その美しい貌《かお》だちをもった、まだ十七八の少女の顔が、殊更《ことさら》、抜けるように白く見え、その滑かな額には、汗のような脂《あぶら》が浮き、降りかかった断髪が、べっとりと附《くっ》ついていた。そして、それと対照的に、ついさっき塗られたばかりらしいルージュの深紅と血潮とが、ぼーっと明るむたびに、火のように眼に沁《しみ》るのだ。
太陽のもとでは、さぞ酷《むごた》らしいであろうその屍体《したい》が、このぼーっ、ぼーっと照しだされる蛍火の下では、どうしたことか却って、夢に描かれたように、ひどく現実離れのした倒錯した美しさを見せるのであった。
――鷺太郎は、恐ろしさというよりも、その蛍火の咲く夏草の下に、魂の抜け去った少女の、この世のものでない美し
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