のみで、とても解決の臆測すらも浮ばなかった。
――彼女(翌日の新聞で東京の実業家大井氏の長女瑠美子であることを知った)は、あの浜に寝そべりながら、二三度両手で邪慳《じゃけん》に砂を掻廻《かきまわ》していた、――とすると、それは砂いたずら[#「いたずら」に傍点]ではなくて、既に胸に匕首を受けた苦しみから、夢中で※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いていたのかも知れない……。
彼は、そう思いあたると、あの断末魔であろう両手の不気味な運動が、生々しく瞼《まぶた》に甦えり、ゾッとしたものを感じた。
(一体、なぜあんな朗らかな美少女が、殺されなければならないのだ――)
それは「他人」の彼に、とても想像も出来なかったことだけれど、それにしても、あの群衆の目前で、いとも易々《やすやす》と、一つの美しき魂を奪去《うばいさ》った「犯人」の手ぎわには、嫉妬に似た憤《おそ》ろしさを覚えるのであった。
三
海岸開きの日が済んで、十日ほどもたったであろうか。恰度《ちょうど》その頃は、学校も休みとなるし、時間的にも東京に近いこのK――町の賑《にぎ》わいは、正に絶頂に達するのである。
夏の夕暮が、ゆっくりと忍び寄って来ると、海面《うなも》から立騰《たちのぼ》る水蒸気が、乳色《ちちいろ》の靄《もや》となって、色とりどりに燈《ひ》のつけられた海浜のサンマー・ハウスをうるませ、南国のような情熱――、若々しい情熱が、爽快な海風に乗って、鷺太郎の胸をさえ、ゆすぶるのであった。
最早《もはや》、茜《あかね》さえ褪《あ》せた空に、いつしか|I岬《アイみさき》も溶け込み、サンマー・ハウスの灯《ひ》を写すように、澄んだ夜空には、淡く銀河の瀬がかかる――。
鷺太郎は、日中の強烈な色彩を、敬遠するという訳でもないが、でも、まだ水泳をゆるされていないので、あの裸体の国である日盛りの浜に、浴衣がけで出かけることが面繋《おもがゆ》くも感じられ、いつか夕暮の散歩の方を、好もしく思っていた。
Sサナトリウムを囲み、森を奏でるような蜩《ひぐらし》の音《ね》を抜けて、彼は闇に白く浮いた路を歩いていた。その路は、隣りのG――町に続いていた。
鷺太郎は、歩きながらも、あの美少女の死を思い出した。それは、あまりに生々《なまなま》しい現実であったせいか、ここ数日、不図《ふと》そのことばか
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