すか、それは何よりですね』
 山鹿は白々しく口をきると、
『どうも驚ろきましたね、この人の出さかる海岸開きの真ッ昼《ぴるま》だっていうのに、人殺しとはねえ――』
 馴れ馴れしく話しだした。
『ほう、殺られたんですかね』
『そりゃそうでしょう。自殺するんなら、――それに若い娘ですもん、こんな人ごみの中で短刀自殺なんかするもんですか、もっと、どうせ死ぬんならロマンチックにやりますよ、全く――』
『へえ、でも、僕はさっきから見てたんですけど、誰もそばに行かなかったですよ……』
『さっき[#「さっき」に傍点]から見てられて、ね――』
 山鹿は、一寸皮肉気に、口を歪《ゆが》めて笑った。これが、この男のくせ[#「くせ」に傍点]であった。
『いいや、それは……』
 鷺太郎は、
(畜生――)
 と思いながらも、ぽーっと耳朶《みみたぼ》の赤らむのを感じて、
『いや、それにしても……成るほど、あそこに寝るまで手に何も持っていなかったですね……匕首《あいくち》が落ちていたんじゃないかな』
『冗談でしょう。この人の盛上った海岸に、抜身の匕首が、それもたて[#「たて」に傍点]に植《うわ》っていた、というんですか、はははは、――そして、あんなに見事に、心臓をつき抜くほど、体を砂の上に投出すなんて、トテモ考えられませんね』
『そう――ですね、そういえばあそこでは学生がさっきから三段跳をやったり、転がったりしていたんだから――となると、わかんないな……』
『まったく、わからん、という点は同感です、あなた[#「あなた」に傍点]のお話しでは、あの少女は短刀を持っていなかった、そして寝てからも、誰もそばへは行かなかった――それでいて、匕首がささって殺された……』
『一寸。何も僕ばかりが注目していたわけじゃないでしょう。あんな綺麗な人だから僕よか以前からずーっと眼を離さなかった人がいるかも知れませんよ』
『なるほど、実はこの私も、注目の礼をしていたような訳でしてね、ははは……』
 山鹿は、人をくったように、黄色い歯齦《はぐき》を出して笑うと、
『この先に、私の小さい別荘があるんですが、こんど是非一度ご来臨の栄を得たいもんですね』
『そうですか、じゃ、そのうち一ど……』
(どうせ、ろくな金で建てたんじゃなかろう)
 と思いながら、不図《ふと》、
『ああ、山鹿さん、あの少女は匕首を投げつけられたんじゃないでし
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