乳、臍《へそ》の中には、山も川も、森も谷も、そして風の音も、総てが油然《ゆうぜん》と混和されて、ぞよぞよと息づいているのだ。
――洵吉の烈しい動悸が、シーンとした部屋のうちにひびくと、ぽつんと隅の方で、黙って寺田の様子を見ていた水木は初めて薄く笑いながら、話しかけた。
四
「寺田君、バカに気に入ったようだな……。どうだい今日はもう遅いから、泊って行かないか、ここは僕一人だから気兼ねなんかないよ」
水木にそういわれ、はじめて、気がついて硝子越しに庭を見ると、妙に白けた月光の中にはもうねっとりとした闇が澱《よど》んで、真黒な風が、硝子戸の外を、蹌踉《よろめい》ていた。
「とにかく、もう遅いよ、よかったら叔父さんのところを引払って、ここで手伝ってくれないか、そうしたまえ、君も、いつまで叔父さんのところへいるつもりでもないんだろう、――写真もすきらしいし、恰度いいじゃないか」
そういって、水木は、真赤な唇を薄く結び、返事をせかすように、洵吉の顔を見詰めるのだった。
(叔父さん……)
その言葉を聞くと同時に、洵吉の眼の前には、あの鬱然とした長屋の片隅、赤ン坊の泣き声、赤
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