ったんで、一人でやっちまったよ」
そういわれた時、彼は、あの玄関にあった地下足袋のコハゼを思い出した。
――それにしても恐ろしいのは、水木の巧妙な話術と、不思議に人を引きつける彼の魅力だ。洵吉の知っているだけでも大分前のことだが、あの踊子の花形である小川鳥子を、たった二日三日口説いて、全裸体の写真を撮らせ、今又この行商の女を巧みに誘上《おびきあ》げて(まさか玄関で殺《や》ったのではないだろう)殺してしまったのだ。
いや現に、洵吉自身ですら、タッタ一度、二三時間の訪問で、すっかり[#「すっかり」に傍点]水木の捕虜《とりこ》となり、彼の意のままに、奇怪な写真の創造に欣々と、従う一個の傀儡《かいらい》となってしまっているではないか……。
ぼんやりと彳《たたず》んだ洵吉は、考えるともなく、そんなことを思浮べてみた。けれど、
「さ、寺田君手伝ってくれたまえ……」
そう耳元でいう水木の声に、ハッと気がつくと、もう今までの考えは、煙のように、どこへともなく揮発して、
「玄関にあんな足袋があると変だから、片づけなきゃいけないね……」
そんな悪智慧をすら浮べる、彼だったのだ。
六
それから洵吉は、水木のいう儘に手伝ってその投出された行商娘の、襦袢まで剥ぎとってしまうと、スタジオの隣の物置にあった、大きな硝子箱(寺田は、前からこんなものがあるのは知っていたが、何に使うのか見当もつかなかった)を選び出して、彼女の死を、まるでこわれ[#「こわれ」に傍点]物でも扱うように、そっとその中に寝かした。
そして蓋の硝子を閉め、縁《へり》をパテで詰めてしまうと、もう一遍、つくづくと彼女の、赤裸な姿体を見直してみた。
硝子の箱の中に、のびのびと寝かされた彼女の様子は、まるで人魚の氷漬のように見事なものであった。ふさふさとした黒髪は、枕元に匐《はい》廻り、まだ色褪せぬ唇が、薄く開いて白い歯並の覗いているのが、如何にも楽しい夢をみているように思わせ、体全体の艶《つや》を含んだ小麦色の皮膚は、むっちり[#「むっちり」に傍点]として弾々たる健康を、惜気もなく振撒いているのだった。
洵吉は、何故とはなく、ホッと息を漏らして、水木の方を振返ってみた。水木は彼の溜息をきいたのか、にやにやと笑いながら、
「どうだい、素晴らしいだろう、僕もはじめ(今日は――)と這入って来た時は、思
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