吉は本当に死んでしまうところだった――けれどその代り、この写真を焼付けて見ると、正《まさ》に死に墜ちる瞬間の、物凄い形相が、画面からぞわぞわと滲出《にじみで》て、思わずゾッとしたものが、背筋を駛《はし》るほどの出来栄えだった。
「すごいぞ、大成功……」
そういいながら、水木と洵吉とは、まだ濡れている写真を奪合うようにして覗きみては、手を拍《う》って喜び、部屋の中を踊廻っていた。
こうした異様な写真を、彼等二人は次から次へと、倦かずに作って、もう今ではその数も、非常なものとなって来た。
或る日、水木はそれらを整理しながら、こんなことをいうのだった。
「ねえ、寺田君、こんな素晴らしい写真を、僕たち二人しか知らないというのは惜しいな。一度何処かで、とても公開することは出来ないだろうけれど……会員組織ででもいいから、展覧会をやってみたいね、きっと驚くぜ、中には卒倒する奴が出るかも知れないぜ――」
無論、洵吉も、大賛成だった。
(中には卒倒する奴が出るかも知れないぜ――)
その言葉が、彼の胸の底の虚栄心をぶるぶる顫わすのだ。
「是非やろう。何時がいいんだ――」
彼はもう急《せき》込んで、水木の顔を覗込んだ。だが水木は、如何にも考《かんがえ》深そうに、
「いやすぐは出来ないよ。僕には前から考えている一生一代の大願目があるんだ、それを撮ったら、展覧会をやろう……」
「何んだい、それは」
「一寸、今はいえないんだ……けれど、それを撮りたいばかりに、今迄君に手伝って貰ったようなもんだよ」
そんなことをいわれると洵吉は余計訊きたくてたまらなかった。
「一体何を撮るんだい、無論僕はどんなことでも手伝うけど」
しかし、水木は、もう返事もしないで、写真の整理に夢中になっていた。
洵吉も、水木の横顔にひくひくと動く、(蒼白い、重大な決意)に押されて、口を噤《つぐ》んでしまった。
五
二三日して、丁度乾版がすっかり切れてしまったので、洵吉は水木に頼まれて、駅の近くの写真材料店まで使いに出た。
そして、色々な乾版を買込んで、帰途についたが、なんだか水木の家で、変ったことが起ったような予感がしてならなかった。彼は、何時とはなく足を早めていた。
黒い柔かい土を、足早に踏んで、水木の家が、視界にぽっかり[#「ぽっかり」に傍点]浮ぶところまで来、そして、道を曲った
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