して飛んで来た。
『いま、自動車が崖から落ちて怪我人が出たというんで大変な騒ぎで……』
『ほう、東京の人かね』
『そうで……なんでも若い者のいうことでは秋本ネネとかいう女優かなんかだそうでして……』
『ナニ――』
 私は、ガバとはね起きた。
『死んだか――』
 その返事も聞かずに、飛出した。
 太郎岬の下を廻る県道まで一気に馳けつけて見ると、成るほど一台の緑色《りょくしょく》に塗られた新型のクウペが、玩具《おもちゃ》のように二丈ばかりもある岩磯の下に転げ込み、仰向《あおむけ》にひっくりかえって、血かガソリンか、其処らの岩肌には点々と汚点が飛んでい、早くも馳けつけた青年団の連中が、その車の下から、一人の男を引《ひき》ずり出しているところであった。
 その傍《そば》の岩の上には、あの、ネネが、前よりも一層美しくなったように思われるネネが、喪心《そうしん》したように突立って、手を握りしめ、帽子を飛してしまった頭髪《かみのけ》を塩風に靡《なび》かせながら、凝乎《じっ》と、青年団の作業を見守っているのであった。
(ネネは怪我をしていない――)
 私は、「ネネ、ネネ」と大声で呼びたい心をやっと押えつけて、転がるように磯にまで行ったが、さて、真近に行って声をかけようとした時、又もグッとその声を飲んでしまった。
 其処に、春日がいるのである。
『やあ――』
 私は、わざとゆっくり声をかけた。ネネは素早い視線で私達を認めると、流石《さすが》に、はっ[#「はっ」に傍点]とした心の動揺は隠せなかったらしい。
『…………』
 唯、無言で頷《うなず》いたきりであった。そして又、ちらりと春日の横顔を偸見《ぬすみみ》た。
『怪我はしませんか』
 私が訊いた。
『ええ、あたしは……あら、どうでしょう』
 彼女はいきなり自動車から引出された男のそばに馳《かけ》寄った。そこにぐったり寝て、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》に血の塊りをつけた男は木島三郎であった。私がぐずぐずしている間《ま》に、春日はその木島を抱え起し、脈を診ると、
『まだ大丈夫だ、すぐ手当をすれば受合《うけあ》う……』
『そう、それじゃすぐ病院へ……』
 ――手廻しよく呼ばれて来たタキシーで、木島をはじめ私達四人は、すぐこの町で一番大きい村田医院へかけつけた。
 折よく村田氏は在院していてしばらく春日と何か専門語で
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