迎えんとするならば、じゃね、大いに恋流を流し、そっぽ[#「そっぽ」に傍点]を向かず、しかも彼女との距離をグンと縮めろ――ということにありますナ……」
老人は、まるで青年のような口調でそういうと、自分で自分の説に、こっくりと一つ頷いた。
「なるほど、面白いですナ」
知らず知らず釣りこまれて聞いていた私は、思わず相槌を打ち、それと同時に、自分が話にばかり気をとられていて、このバーに来てから、まだ何も注文していなかったのに気づいた。そしてあたりを見廻して見た。しかしこのバーは、二人をのこして森閑として静まりかえっているのであった。そういえば、先刻《さっき》から話しこんでいるのに、一向注文を聞きに来ようとする気配もなかったようである。
私が、困惑した眼で見廻しているのに気づいた老人は
「あ、そうそう、なんか取りますか、注文だったらそのボタンを押すんですよ」
と、テーブルの端についている小さい押釦《おしぼたん》を指さした。いわれて見ると、どのテーブルにもそんな押釦がつけられている。
「妙な仕掛になってますなア……」
私は、半ば唖《あ》ッ気《け》にとられながら、その釦を押した。何処かで、かすかに合図の鈴《ベル》が鳴ったようだ――。どうも実に風変りなバー・オパールである。
が――。その次の瞬間に、私は、なお一層驚いてしまったのである。
それは、今押した呼鈴の響きに応じて、奥のドアーを排して現われた少女の、その余りの美しさから来る驚きであった。この燻《くす》んだようなバー・オパールの雰囲気とは凡そ正反対な、俗にいう眼の覚めるような美少女がまるで手品のように忽然と現われたのである。呼鈴を押したのだから誰かが現われることはあたりまえなのだが、その少女があまりにも私の好みを備えすぎていたせいか、ふと手品を連想したほどであった。
夢幻織《シャムルーズ》のワンピースが、まるで塑像をみるように、ぴったりと体の線を浮出さしていた、そして、その艶々と濡れたような円《つぶ》らな瞳を、ジッと私に灑《そそ》ぎかけていた。しかし一ト言も口をきかなかった。『いらっしゃいませ』もいわないのである。それでいて、私はその瞳の中から柔かい言葉を、いくつか囁かれたような気がしたのであった。
彼女は、私の注文を聞くと、一揖《いちゆう》してくるッと背後《うしろ》を向き、来た時と同じように四つ足半の足|巾
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