《はば》で、ドアーの奥に消えて行った。
 と同時に、私は思わず外聞も忘れてホッと溜息をついた。が、この美しい彼女の歩き方には、何処となく少々ぎこち[#「ぎこち」に傍点]ないところがあったように見えたのだが、それは、後で思いあたったことである。

     地底の研究室

「ふっふっふっ……」
 鷲尾老人は、そう忍びやかに笑うと
「だいぶ、参ったようですナ」
 そういわれて我に還った私は、いつになく耳朶《みみたぶ》がぽっと※[#「赤+報のつくり」、178−5]《あか》らんだのを意識しながら
「いや――。それはそうとさっきの式の中にですねKというのがあったようですが、それはどんなことを表わしているんですか」
「はッははは、早速この式を利用しようというんですか――、なるほど、なるほど、はッははは、Kというのはね。或る係数ですよ、これは、その時の状態によって加減しなければならん[#「しなければならん」は底本では「しなけれならん」]数を表しているんです――、が、まアあの木美子《きみこ》だけはお止《よ》しなさい、木美子の場合にとっては、この係数が零《ゼロ》なんですよ、だからこの式に零《ゼロ》をかければ、結局全部が零《ゼロ》になってしまって、一向に反応がない、ということになりますからネ」
「しかし……」
 私がいいかけた時に、又ドアーが開いた。
 現われた彼女は、さっきと同じように四ツ足半の足巾でドアーからのテーブルに来、左手でグラスを置いて、又機械のように正確な足巾でドアーの奥に消えて行った。
「おや? 彼女は左ぎっちょ[#「ぎっちょ」に傍点]ですかね」
 私が呟くのを聞いた鷲尾老人は、何を思ったのか
「えらい! 君はなかなか見所があるですぞ――」
 私がびっくりしているのも構わずに
「うむ、なかなか観察が鋭い、君ならば或いはわし[#「わし」に傍点]のいうことがわかってくれるかも知れんナ――どうじゃ、わし[#「わし」に傍点]の研究室に来て見ないかね」
「いや――、しかし……」
「遠慮は無用。君はわし[#「わし」に傍点]の人物試験にパスしたんじゃ……だからいうが、わしはこのバーの主人なんじゃよ」
 私は、あなた[#「あなた」に傍点]から君に変り、そうじゃ[#「じゃ」に傍点]、そうじゃ[#「じゃ」に傍点]という老人臭い口調に変り、そして又、このバーの主人なんじゃと名乗られたことに、
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