、恋愛現象を電気現象と見て、電気の方から考えれば、数学的に一目瞭然たる結果が出て来るんですよ。――あなたはまだお若いし、これから大いに利用価値のある問題だ、よく聞いていて下さい」
鷲尾老人は、そういって、にたりと微笑みをもらし、内ポケットから手帳を出して、テーブルの上に拡げた。
恋愛電気学
「先ず結果からいいますよ、あなたはビオ・サヴァルの法則っていうのを知っていますか――」
「さあ――、一向に」
「そうですか、それはこういう式です」
と老人は鉛筆をとって、手帳に次のような式を書いた。
[#ここから5字下げ、ここから数式]
dH = K. ids・sinθ/r2[#「2」は上付き小文字][#「ids・sinθ/r2[#「2」は上付き小文字]」は分数]
[#ここで字下げ終わり、ここで数式終わり]
「――この式で dH というのは、求めるところの彼女の心臓に及ぼすあなたの電流――ではない、恋流の強さですよ。だいたい人間が恋をしますとネ、丁度電線に電流が通ると、その周りに磁界というものが出ると同じようになんかこう甘い――というか一種の雰囲気が出るもんらしいですナ、――これは昔からいわれていますよ、そら、あの『忍ぶれど色に出にけり我が恋は……』という歌がある位で、感じのいい者にはすぐわかるこの一種の雰囲気をですね、どの程度に彼女が感ずるか、どうしたらもっともっと強く感じさせることが出来るか――という重大なる問題の答がこの式です、この式で(i. ds)というのは、iはあなたの恋流の強さ、ds というのがあなたの心臓ですよ。だからこの二つのものはあなたの心臓に流れる恋流を表しているんです。それから sinθは向きの角度に影響があることを示している、つまりそっぽ[#「そっぽ」に傍点]を向いとっちゃいかん――というわけ。下のrはあなたと彼女との距離を示しておる。恋愛はその二人の間の距離の、しかも自乗に逆比例していることを如実に示しておるわけですよ。だから四尺はなれている時より、二尺の距離になったら四倍、一尺になったら四尺の時に比べて、途端に九倍となって飛躍するわけですナ、――どうです、思いあたりませんか? 又こいつが離れるとなると、どんどん小さくなってしまいますからね、逢わずにいれば、やがて忘れてしまうのはこの辺の消息を物語っていますよ、だから、あなたが彼女の意を
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