薄く口を開けたまま、森源の方を見かえした。
その、紅い唇の間から、ガラスの反射を受けた皓歯が、きらりと光った。
「うん、友達だよ」
森源は、何か弁解するように、そういうと
「ルミです……」
それっきり妻とも妹ともいわなかった。
「遠藤です、よろしく……」
と腰をあげていいながらも、私は、はげしい興味を覚えて来た。
彼女は何か二こと三こと、森源の耳に囁くと、又温室を出て行ってしまったけれど、その、焼きつくような印象的な姿体は、しばらく私の網膜から消えようともしなかった。
「実に美しいですね……鄙《ひな》には稀れ、というけれど、勿論この土地の人でもなかろうし、都会でも稀れですね」
森源は、嬉しそうに、又小鼻に皺を寄せ、
「いや、田舎者ですよ、ただ僕の、いわば趣味であんな恰好をさせているんですよ」
「ほほお、驚きましたね、そんな芸当もするんですか、私はまたただの変人――」
といいかけて、あわててあとを呑んでしまったけれど、森源は、苦笑して、
「あなたも聞かされて来ましたか、変人というのは交際ぎらいの僕には、いい肩書ですよ――」
森源は、自分で自分を変人にしているのだ。成るほど、これは頭のいい方法に違いない。
「どうです、ここは暑いから家へ行ってお茶でも――」
「ええ、私だけは交際してくれるんですか」
「皮肉ですね」
「いやいや、そういう訳じゃないんです。交際を、お願いしているんです……」
私は、少ししどろもどろだった。家へ行けば、あのルミという美少女がいるであろう、という期待を、見透かされまいとする気持が、逆に妙なことをいってしまったらしい。
森源は、先きに立って、温室を通り抜けた。そして、玄関にかかると、自然にドアが開いて、我々はポケットに手を入れたまま這入ることが出来た。
(ルミがドアを開けてくれたのか)
と思って、つッと振返ってみたが、ルミの姿はなく、而も、ドアは元通りぴったりと閉っているのだ。
廊下を通って、書斎らしい部屋に行った。その時も我々はドアに手をふれなかった。そればかりではない、そのドアには把手《ハンドル》が附いていないのだ。
「自動開閉ですよ」
森源は、私の不審そうな眼に答えた。
それから気をつけてみると、どうやらこの家は、あらゆる面に、極度に電化されているらしいことがわかった。気温が一定度より降れば暖房装置が働き、昇ればすぐ冷房機が調節する、釦《ボタン》一つで折畳の椅子テーブルが壁から出て来るといった有様で、まるで話に聞く電気屋敷そのままであった。
おそらく、森源自身が手を煩わさなくてはならんのは、ネクタイを結ぶこと位であろう。顔を洗うのでさえ、洗面台に顔を出せば定温水が噴出して来て、具合よく洗い流してくれるというのだから――。
「どうも、まるで科学小説の中の人物みたいですね」
何時か私は「そうかね」式の言葉から「ですね」に改ってしまった。そして、壁から飛出して来た一つの椅子に腰をかけ、テーブルの上のタバコ盆の蓋を取った。すると、バネ仕掛けのように最初の一本が浮き上って来たけれど、手を伸してみると、それには、ちゃんと火が点いているのであった。
私は、果してそれを、口に咥《くわ》えて吸うのかしら、と錯覚した位である。
「科学小説――」
聞きとがめたように、森源がそう呟くと、続けて
「遠藤さん、といいましたね、――その科学小説というものを愛読されているんですか。そして、どう思います?」
「愛読、というわけでもないのですが、勿論きらいでもありません」
「そのきらいでもない、というのは所謂科学小説の架空性を好まれる――というのではないですか。いいかえれば、僕は、科学小説とは架空小説と同義語だといえると思うのです。一種の空想小説だともいえると思うのです。ひどい言葉のようですけど、今迄のは、殆んどそういっていいと思うのですよ。例えば月世界旅行記、火星征服記、といったようなものはその興味あるテーマでしょう。然し又、その空想も『科学的にあり得ること、いつか為し得ること』という所が大切なのです。例えば永久動力などというのは、それが出来ない証明があるのですから、一寸科学小説とはいえませんね――おや、すると、矢ッ張り科学小説と空想小説とは違うかな……」
森源は、一寸頸をかしげたけれど、すぐ又
「……いや、いいのだ、ただ科学小説とは出来そうな空想をテーマにした小説、現在の科学でもってあり得そうな小説だ。そうでしょう?」
彼は一息ついて、私にその科学小説の定義を呑込ませようとした。
「なるほど、そうですね、月世界旅行というのは面白い考えです――が、地球から出て、果して月にまで行けますかね。というのは地球から月までの距離を一とするとですね、地球の引力は月の引力の六倍だそうですから、その距離の六分の五
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