が猿真似だ、温室の湯をスチームがわりにする位、子供だってするだろうさ……ふっふっふっ、方法? 方法があるのさ」
 そういうと、もう一度私を確かめるように見なおすと、
「それは、この建て方だ、温室の建て方だよ、他の奴みたいに空地がありさえすれば、構わず建てたのとは違うね、それからアンテナだ」
「へえ、温室にアンテナがいるのかね、……なるほど、そういわれるとみんなついているようだ」
 私は、そろそろ変な話になって来た、と思いながら、そのアンテナという温室上の、数条の空中線を見上げた。
「この温室は全部東西に縦に建っているんだ、その上アンテナを張ってある、というのは地球の磁力を利用しているんだよ。正確な測量で磁計の示す南北に、正しく直角の方向なんだ。尤も極の移動から来る誤差は、どうも仕様がない。それがハッキリ捉えることが出来たらもっと能率が挙るに相違ないんだが」
「磁力が肥料になるとでもいうのかね」
「というのは、磁力というものが鉄にのみ作用すると考えると同様な認識不足さ、それが一般の考えだろう――。君は『死人の北枕』というのを知っているかね。尤もこれは釈迦が死んだ時に北を枕にしていた、という伝説から来たものといわれているが、然し時々伝説という奴は真理をもっているもんだ。磁力線と並行の北枕というのが、理論上最も静かなる位置なんだからね。その磁力線を直角に截る方向に置き、それをアンテナと地中線を張って有効に捉えたとすれば、その僕の企てた増穫が不思議でもなんでもないじゃないか。事実が最高の理論だよ、それは総ての方面に応用されていいんだ。地球上に無駄に放射されているエネルギーを、誰がどんなに利用しようと一向差支えもないからね」
 私にはどうも正確には呑込めなかったけれど、どうやらこの森源は、ただの『変り者』ではないように思われて来た。この空中エネルギーの利用法だって、ただにアンテナを張ったばかりでなく、何かもっと新装置がしてあるに相違ないのだが、若しこの方法が、彼のいう通り甚だ効果的であるならば、広く一般に利用し、たちまち食糧問題なども解決されるほどの大発見に違いないのだ。
 森源の言葉に、尠からず興味を覚えた私は、それでなくとも一日の長さを持てあましていたこの際、いい相手が出来たとばかりその温室に腰を落着けてしまったのである。
 ガラス張りの室内は、太陽の光りを充分に受けているし、温泉の暖房が縦横に通っているし、しかもあたりには香の高い南国の植物が、青々と葉を張っているので、ひどく浮世離れのしたいい気持になってその初対面の森源と話しこんでしまったのだ。
 森源も、噂とは違って決して話ぎらいではなかった、寧ろ私以上に話好きであるらしいことは、いつか仕事をすっかりほうり出してしまって、さあ、さあと土によごれ、少々しまりのゆるんだ円椅子を奨めて、ゆっくりとタバコなどを喫いはじめたことでもよくわかった。
「あなたは東京? ああそうでしょう、どうもこの辺の奴は、アンテナの話をすると逃げ出すんでね、はっははは」
 ガラスを通して、直接太陽の光りの下に浮き出した森源の容貌は、美青年という訳にはゆかなかったけれど、さして不愉快なものでもなかった。寧ろ、時に労働者に見えるような、凹んだ頬と、四角な逞しい顎とは、一種の精悍さを見せていた――光線のせいか、額に刻込まれた深い皺と、太い眉が余計にそうと見せたのかも知れない。

   電気屋敷

「地球磁力を肥料にする――というのは、相当面白いテーマだと思いますね、どうしてそれを発表しないのですか。而も実地に応用して二倍の成績をあげている、というんですから――」
 彼は、小鼻に皺を寄せて笑うと、
「……まだ、発表するなどというところまでは行っていませんね。一つのデータとはいえるかも知れないが、時機尚早、というところでしょう。勿論アンテナと地中線ばかりではないので、それに附属した装置が、まだ未完成だ、というんですよ」
「成程、それで、まだ発表出来ない、というんですね――」
 私は、これについては、もう追求しても無駄なことがわかったので、何かほかに話題を見つけようと、眼をあげた。
 すると、丁度その時、温室のドアを排して、一人の女性が這入って来た。
 途端に、この温室に、パッと花が咲いたように幻覚したほど、美しい女性であった。
 あたりが南国的な雰囲気にあったせいか、その美少女の色鮮やかな原色の紅と黄と青との大胆な洋装が、いかにもしっくりと合って、銀座などで相当行き交う美少女には見馴れていた筈の私が、はあっと眼を見張った位であった。断髪であった、それが又美しかった。濡れたような瞳であった、それが亦美しかった。
 先方でも、思いがけぬ私のいることに、よほどそばへ来てから、あっといったように立止って何か言葉を待つように、
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