まで行った時には、つまり月へもう六分の一だ、という所で、両方の引力が零になるわけで、宙ぶらりんになってしまうことはないですかね。寧ろ、その点に太陽か、さもなくば他の星の引力が働いているとしたら、折角、月に向って行ったのに、とんでもない宇宙旅行がはじまってしまうんじゃないですかね」
「そんなことはないさ。地球から月へ向って行く慣性の方が大きいだろうから、月へ寧ろ激突するだろう――そんなことの興味よりも、僕は『大きさ』というものの方が、もっともっと深刻な興味があると思うね。大体ものの『大きさ』というのがすべて相対的のもので、絶対的ではないんだからね。人間が『仮り』に定めた尺度でもって、それと相対して僕が五尺三寸あるとか、あの木は四米の高さだとか、このタバコ盆は厚みが四分の一|吋《インチ》だとか、そう唱えているに過ぎないのだからね。例えば太陽の周りを地球や火星が廻っている、それは原子の周りをいくつかの電子が廻っているのとソックリ同じじゃないか。ただ大きさが違うというが、それならば、その大きさとは何か、となると、一体なんといったらいいのかね。――こう考えると、この太陽系を包含する宇宙も、それを一つの元素と見なしている超大世界があるのかも知れない。逆に、この我々の超顕微鏡下にある原子の、その周りを廻っている電子の一つに、我々と同じような生活を営んでいる『人間』がい、木があり、川があり地球と称しているかも知れない――要するに、大きさという絶対でないものの悪戯なのさ――」
私は、なまじ相槌をうったばかりに森源の話に圧倒されてしまって、どうやら自分の方が頭が変になって来てしまったようだ。
彼の話なかばから、なるほど、少し変り者のようだ、とは思ったのだけれど、実をいうと私はあのルミという温室で見かけた美少女のことが、どうも頭を去らず、又此処に来はしまいかと、そればかりを心まちにしていたのだが、遂にその姿を重ねて見ることは出来なかった。私は、森源の話が一段落ついたのを幸い、這《ほ》う這《ほ》うの態で、引上げて来た。
美少女ルミ
私が、再び森源の家を訪ねたことについては、前にいったように、ひどく退屈であったせいは勿論なのだが、然し、二三日して散歩の途中、森源の家のそばを通った時に窓越しにルミの姿を認めたからであることも否めないことだ。その時の彼女は、気のせいか、ただ茫然と部屋の中に突立ち、うつろな、視線のない眼をあげて、私を見ていた。いや私ではないかも知れない、だがそんなことは構わないではないか。
私は、森源が、少し離れた温室の中にいるのを知っていながら、わざとそっちを向かないで、真直ぐに家の方に行き、彼女に聞えるように、
「ご免下さい、ご免下さい――」
と呼んだ。そしてドアを押した。
同時に、おやっ、と気づいたのは、この前森源と一緒に来た時は、声もかけず、ドアを押しもしなかったのに、自然に開いた筈であったドアが、相当力強く押して見たのに今日はびくともしないのであった。
而も、充分聞えた筈なのに、ルミは、身動き一つしたような気配もない。私は聊かがっかりして、帰ろうか、と思った時だ。
いつの間にか、後に来ていた森源に、ぽんと肩を叩かれてしまったのだ。
「やあ、この間は失敬、ま、這入って下さい、まあまあ――」
そういわれて、もう一度振りかえると、ドアは、ちゃんと大きな口をあけている。
私は小馬鹿にされたような気もしたけれど、今更帰るわけにもゆかず、森源の後に続いて行った。
「いらっしゃいませ――」
その声! 歌に乗るような美しい声で、私を迎えてくれたのは、窓越しに見た時とは見違えるように溌剌としたルミであった。
「さあさあお前の好きなお客様だ、お茶をもって来ておくれ――」
実のところ、私はルミにお茶をとりになど行って貰いたくはない位であった。
だが、ルミは従順に頷いて、部屋を出て行ってしまった。そして、なかなか帰っては来なかった。
森源は、例の癖である小鼻に皺を寄せて、にやにやと笑うと、
「ルミは、非常にあなたが好きらしいですよ――」
「…………」
私は一寸返事に困って、唯無意味なにやにや笑いをかえした。
「実際、ルミはあなたが好きらしいのだが、――不幸なことにあれは僕なしには、一日も、いや一時間も生きてゆけないのだしね。それに、僕もあれを手離したくはないのだ、といって、誤解はしないで下さい――」
私はその森源の言葉を了解することが出来なかった。何か奥歯に、ものの挟まったようないい方が、どうも私にはピンと来ないのだ。
丁度その時、やっとルミがお茶を運んで来たので、一寸言葉のとぎれた、まずい空気がほっと救われたように思った。
ルミは、銀盆の上に、紅茶を二つのせて来た。
「まあお前もそこへお掛け――」
森源の
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