、口で指した椅子に、ルミは無言で腰を下した。
そして思い出したように、私の方に向けた瞳――。
ああその瞳を、なんと形容したらいいであろうか。ほんとに、黒耀石の瞳とは、これのことをいうのではないかと思われた。しかも、瞬きを忘れた、円《つぶ》らな瞳は、じっと私に向けられ、何か胸の中を掻きみだすような、激しい視線を注ぎかけて来る。
却って、私の方が、ぽーっと顔の赧らむを意識し、少年のようにおどおどとしてしまった位であった。
「しばらくお見えになりませんでしたのね」
彼女は、大きく瞬きをすると、流れ出すような声で、そういい、そうして片頬を微笑に崩した。
「いえ、その――、そのお邪魔だと思って」
「まあ、そんなことありませんわ。ぜひ毎日でも来て下さいません、どうせ退屈なのですから」
「え、それはもう、私こそ退屈で閉口しているんですから――、これからちょいちょいお邪魔します」
それは、叫ぶような、思わず上滑った声であったと見えて、森源は、
「はははは」
と遠慮なく笑うと、皺の寄った小鼻を見せながら、
「ほんとに、是非来て下さい、僕は『変人』で話し相手がないんですから――」
「綺麗なお友達が出来て、大変光栄です」
少しキザないい方だけれど、どうやら有頂天になっていた私には、寧ろ、それが実感であったのだ。私は、今日はそばにルミがいるので、三人|鼎座《ていざ》のまま、すっかり腰を落着けてしまった。
その中に、いつとはなく気づき、訝かしく思われて来たのは、外でもないルミのことだった。
というのは、彼女は、実に美しい少女であったし、又その話しっぷりから、高等な教育を受けたらしいことも、よくわかっているのだが、時に、ふっと黙った時の横顔は、まるで彫刻のようにひえびえとする冷めたい、固い表情を見せるのだ。そして、瞬きを忘れていることが屡々ある――。
私はそんな時に、一寸森源を偸見た。すると、森源も、疲れたような、ゆるんだ顔をして、ぼんやり天井を見詰めているのだ。
(私が、図に乗って、あんまり長居をしたせいであろうか)
「やあ、どうも大変お邪魔しまして……、又伺わせてもらいます――」
「えっ――」
あまり突然だったので、びっくりしたように眼をあげた森源は、何か口の端まで出かかった言葉を、もぐもぐと呑込んでしまうと、
「そうですか、では、ぜひ来て下さい」
そういってルミに眼くばせをし、玄関の自動開閉ドアのところまで送って来た。
「ああ、そうそう、こんど伺ったら、一度あなたの研究室を見せて頂きたいと思っていますよ」
「そうですね、なアにたいした設備もないけれど、そのうち見て下さい」
なぜか、森源は、淋しそうに相槌を打って私を送り出した。
脳波操縦
その翌日だった。
午後にでもなったら、又森源のところでも行ってみようか、と思いながら、ぼんやり二階の手すりに手をもたせて、澄み切った奥伊豆の蒼空を眺めていると、ふと視界のはしに、華やかなものを感じ、眼を凝らしてみると、どうやらルミが、それも私の家の方に向って、飄々と歩いて来るのであった。モダン娘ルミの歩きっぷりを、飄々などと形容するのは妙なようだけれど、事実その姿は、まるで風に送られて来るかのように、変に緩漫な、それでいて、一刻も早く此処へ着こうとする激しい気力を感ずるような足取りなのであった。
私は、すぐに二階から駈下りた。そして、庭下駄を突かけ、道の中途までルミを出迎えた。
「まあ――」
彼女は、そういうと、頬を、はげしく痙攣させて、倒れかかるように、私の胸に靠《もた》れたのだ。私は、田舎道だとはいえ(或は人通りの尠い田舎道だったから余計に)不意を打たれたルミの大胆さに狼狽しながら、
「ま、ここでは――さあさあ」
と家に、引ずるようにして連れて来た。
その時、靠れかかったルミを、全身に受けながら、私は、奇妙な触感に一寸ばかり訝かしく思いながらも、兎も角家へ帰って、椅子にかけさせ、
「よく、来てくれましたね」
やっと、ほっとしながらいった。
「…………」
無言であげた彼女の顔は、何か非常な精神の混乱を示している泣き顔なのであった。それなのに、泪は一滴も出ていなかった。泪のない、真面《まとも》に見上げた泣き顔というのは、ひどく荒涼としたものであった。
「どうしました。水でも持って来ましょうか」
さっぱり様子の呑込めぬ私は(森源と、喧嘩でもして来たのであろうか)と思いながら、ぽかんと突立っていた。
ルミは、激しくかぶりを振ると、
「あたし、おまえが好きなの、好きなの、好きなの……」
そういって、キともクともつかぬ、母音のない奇妙な叫びをあげ、椅子から立上って、手を伸して来た。
私は、思わず二三歩たじろいで、
「ど、どうしたんですルミさん?」
気を確かに、し
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