、口で指した椅子に、ルミは無言で腰を下した。
 そして思い出したように、私の方に向けた瞳――。
 ああその瞳を、なんと形容したらいいであろうか。ほんとに、黒耀石の瞳とは、これのことをいうのではないかと思われた。しかも、瞬きを忘れた、円《つぶ》らな瞳は、じっと私に向けられ、何か胸の中を掻きみだすような、激しい視線を注ぎかけて来る。
 却って、私の方が、ぽーっと顔の赧らむを意識し、少年のようにおどおどとしてしまった位であった。
「しばらくお見えになりませんでしたのね」
 彼女は、大きく瞬きをすると、流れ出すような声で、そういい、そうして片頬を微笑に崩した。
「いえ、その――、そのお邪魔だと思って」
「まあ、そんなことありませんわ。ぜひ毎日でも来て下さいません、どうせ退屈なのですから」
「え、それはもう、私こそ退屈で閉口しているんですから――、これからちょいちょいお邪魔します」
 それは、叫ぶような、思わず上滑った声であったと見えて、森源は、
「はははは」
 と遠慮なく笑うと、皺の寄った小鼻を見せながら、
「ほんとに、是非来て下さい、僕は『変人』で話し相手がないんですから――」
「綺麗なお友達が出来て、大変光栄です」
 少しキザないい方だけれど、どうやら有頂天になっていた私には、寧ろ、それが実感であったのだ。私は、今日はそばにルミがいるので、三人|鼎座《ていざ》のまま、すっかり腰を落着けてしまった。
 その中に、いつとはなく気づき、訝かしく思われて来たのは、外でもないルミのことだった。
 というのは、彼女は、実に美しい少女であったし、又その話しっぷりから、高等な教育を受けたらしいことも、よくわかっているのだが、時に、ふっと黙った時の横顔は、まるで彫刻のようにひえびえとする冷めたい、固い表情を見せるのだ。そして、瞬きを忘れていることが屡々ある――。
 私はそんな時に、一寸森源を偸見た。すると、森源も、疲れたような、ゆるんだ顔をして、ぼんやり天井を見詰めているのだ。
(私が、図に乗って、あんまり長居をしたせいであろうか)
「やあ、どうも大変お邪魔しまして……、又伺わせてもらいます――」
「えっ――」
 あまり突然だったので、びっくりしたように眼をあげた森源は、何か口の端まで出かかった言葉を、もぐもぐと呑込んでしまうと、
「そうですか、では、ぜひ来て下さい」
 そういってルミに
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