部屋の中に突立ち、うつろな、視線のない眼をあげて、私を見ていた。いや私ではないかも知れない、だがそんなことは構わないではないか。
私は、森源が、少し離れた温室の中にいるのを知っていながら、わざとそっちを向かないで、真直ぐに家の方に行き、彼女に聞えるように、
「ご免下さい、ご免下さい――」
と呼んだ。そしてドアを押した。
同時に、おやっ、と気づいたのは、この前森源と一緒に来た時は、声もかけず、ドアを押しもしなかったのに、自然に開いた筈であったドアが、相当力強く押して見たのに今日はびくともしないのであった。
而も、充分聞えた筈なのに、ルミは、身動き一つしたような気配もない。私は聊かがっかりして、帰ろうか、と思った時だ。
いつの間にか、後に来ていた森源に、ぽんと肩を叩かれてしまったのだ。
「やあ、この間は失敬、ま、這入って下さい、まあまあ――」
そういわれて、もう一度振りかえると、ドアは、ちゃんと大きな口をあけている。
私は小馬鹿にされたような気もしたけれど、今更帰るわけにもゆかず、森源の後に続いて行った。
「いらっしゃいませ――」
その声! 歌に乗るような美しい声で、私を迎えてくれたのは、窓越しに見た時とは見違えるように溌剌としたルミであった。
「さあさあお前の好きなお客様だ、お茶をもって来ておくれ――」
実のところ、私はルミにお茶をとりになど行って貰いたくはない位であった。
だが、ルミは従順に頷いて、部屋を出て行ってしまった。そして、なかなか帰っては来なかった。
森源は、例の癖である小鼻に皺を寄せて、にやにやと笑うと、
「ルミは、非常にあなたが好きらしいですよ――」
「…………」
私は一寸返事に困って、唯無意味なにやにや笑いをかえした。
「実際、ルミはあなたが好きらしいのだが、――不幸なことにあれは僕なしには、一日も、いや一時間も生きてゆけないのだしね。それに、僕もあれを手離したくはないのだ、といって、誤解はしないで下さい――」
私はその森源の言葉を了解することが出来なかった。何か奥歯に、ものの挟まったようないい方が、どうも私にはピンと来ないのだ。
丁度その時、やっとルミがお茶を運んで来たので、一寸言葉のとぎれた、まずい空気がほっと救われたように思った。
ルミは、銀盆の上に、紅茶を二つのせて来た。
「まあお前もそこへお掛け――」
森源の
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