眼くばせをし、玄関の自動開閉ドアのところまで送って来た。
「ああ、そうそう、こんど伺ったら、一度あなたの研究室を見せて頂きたいと思っていますよ」
「そうですね、なアにたいした設備もないけれど、そのうち見て下さい」
 なぜか、森源は、淋しそうに相槌を打って私を送り出した。

   脳波操縦

 その翌日だった。
 午後にでもなったら、又森源のところでも行ってみようか、と思いながら、ぼんやり二階の手すりに手をもたせて、澄み切った奥伊豆の蒼空を眺めていると、ふと視界のはしに、華やかなものを感じ、眼を凝らしてみると、どうやらルミが、それも私の家の方に向って、飄々と歩いて来るのであった。モダン娘ルミの歩きっぷりを、飄々などと形容するのは妙なようだけれど、事実その姿は、まるで風に送られて来るかのように、変に緩漫な、それでいて、一刻も早く此処へ着こうとする激しい気力を感ずるような足取りなのであった。
 私は、すぐに二階から駈下りた。そして、庭下駄を突かけ、道の中途までルミを出迎えた。
「まあ――」
 彼女は、そういうと、頬を、はげしく痙攣させて、倒れかかるように、私の胸に靠《もた》れたのだ。私は、田舎道だとはいえ(或は人通りの尠い田舎道だったから余計に)不意を打たれたルミの大胆さに狼狽しながら、
「ま、ここでは――さあさあ」
 と家に、引ずるようにして連れて来た。
 その時、靠れかかったルミを、全身に受けながら、私は、奇妙な触感に一寸ばかり訝かしく思いながらも、兎も角家へ帰って、椅子にかけさせ、
「よく、来てくれましたね」
 やっと、ほっとしながらいった。
「…………」
 無言であげた彼女の顔は、何か非常な精神の混乱を示している泣き顔なのであった。それなのに、泪は一滴も出ていなかった。泪のない、真面《まとも》に見上げた泣き顔というのは、ひどく荒涼としたものであった。
「どうしました。水でも持って来ましょうか」
 さっぱり様子の呑込めぬ私は(森源と、喧嘩でもして来たのであろうか)と思いながら、ぽかんと突立っていた。
 ルミは、激しくかぶりを振ると、
「あたし、おまえが好きなの、好きなの、好きなの……」
 そういって、キともクともつかぬ、母音のない奇妙な叫びをあげ、椅子から立上って、手を伸して来た。
 私は、思わず二三歩たじろいで、
「ど、どうしたんですルミさん?」
 気を確かに、し
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