それに拍車を加えるように、一ヶ月に一遍、多い時は二遍位までの、死を急ぐ者が、不思議に絶えなかった。
(これじゃ、俺の前にいた奴も、勤まらねェ訳だ)
源吉も、独りで苦笑いを漏らすことがあった。然し、それは、苦笑いというには、余りに恐ろしいことではなかったか……。
如何《いか》にもその、軽い苦笑は、源吉の轢殺鬼という資格の表徴であった。
源吉は、近頃、列車を運転しながらも、ひょい[#「ひょい」に傍点]と気が抜けたような、気持に襲われるのだ。
(どうしたんかな、仕事に馴《な》れちまったからかしら……)
『あッ、そうだ……』
思わず、口走って、ギクリとあたりを見廻した。
源吉も、その原因を見極めた時は、フイと眼の前の、暗い影が、頭の中を撫で廻したような、イヤな気持を覚えた。
その空虚な気持は轢死人のない時の、物足らなさだったのだ。
然し、それも亦《また》『時間』が拭《ぬぐ》い去って仕舞った。
源吉は、人を轢き殺して、何とも思わぬばかりか、却て、轢くことを、希《ねが》っていたのだ。
いや、そればかりか、彼は、多くの人を轢いた経験で、車輪が、四肢を寸断する瞬間に、その音やショックの具合で、男であるか、女であるか、或は、年寄りか、若者か、又或は肥った者か、痩《やせ》た者かをハッキリといい当《あて》るときが出来るほど、異状に磨《と》ぎすまされた感覚の、所有者となっていた。
彼は、列車に乗組む時、何時も『人でなしの希望』に、胸を膨らませていたのだ。
そして、列車が、あの魔のカーヴに近づくにつれ、そのワクワクするような楽《たのし》さは、いやが上にも拡大されて行った。
だが、音もなくカーヴを廻りきり、冷々《ひえびえ》とした夜風の中に、遠く闇の中に瞬く、次の駅の青い遠方信号が、見えて来ると源吉は
(ちぇッ)と舌打ちしたいような、激しい苛立《いらだ》たしさにみたされた。
(莫迦《ばか》にしてやがる……)
――そこには、一匹の、轢殺鬼しかいなかった。
こうした、轢死人のない日の彼は、待ち呆けを食わされたような溜らない憂鬱だった。そうしてその憂鬱を、京子との糜爛《びらん》した情痴で、忘れようとした。
源吉の性格は、ガラリと変って仕舞った。最初は、あの真綿で頸《くび》を締められるような、血みどろな悪夢から、遁《のが》れようと求めた京子だったのが、今は、その悪夢なき日の遣《や》る瀬《せ》なさに、舐《な》めるように愛撫するのだった。
然し、何故か近頃、京子は源吉に、冷たいそぶり[#「そぶり」に傍点]を見せて来た。
勿論《もちろん》、この轢殺鬼と、女王のような、美貌の京子とが、無事に納まろうとは思えない。京子は源吉の列車が、余りに人を轢く、ということに、女らしく、ある不安を持って来たのだろうか。そして、そのポツンと浮いた心の隙《すき》に、第二の情人が、喰い込んだのではないか。
(京子の奴、なんだか変だな……)
源吉も、時々そんな気持に襲われた。と一緒に、火のような憤激が、脈管の中を、ワナワナと顫《ふる》わして、逆流した。
五
それは、源吉の危惧ではなかった。京子は、次第に露骨に、忌《いま》わしいそぶり[#「そぶり」に傍点]を見せ、弦《つる》を離れた矢のように、源吉の胸から、飛び出して行った。
源吉は、絶望のドン底に、果てもなく墜落して行った。と同時に彼の執拗な復讐感は、何時の間にか、野火のように、限りなき憎悪の風に送られて、炎々《えんえん》と燃え拡がって行ったのだ。
そうした無気味な、静寂は、何気なく京子のところに訪れた、深沢《ふかざわ》の姿で、破られた。
源吉は、限りなき憎悪をいだ[#「いだ」に傍点]きながらも、京子を思い切ることが出来なかった。泥沼のような憂鬱を感じつつも、松喜亭の重いドアーを押さぬ日はなかった。
その日も、薄暗いボックスのクッションに、京子と向い合っては見たが、間《あいだ》の小さい卓子《テーブル》一つが百|尋《ひろ》もある溝のように思われ、京子は冷たい機械としか感じなかった。そして、その気不味《きまず》い雰囲気に、拍車を加えるのは、京子のドアーが開くたびに、ちらり[#「ちらり」に傍点]と送る素早い視線だった。
(矢張り、深沢という奴を待っているんだな)
源吉はむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]した心に、アルコオルを、どんどんぶっ[#「ぶっ」に傍点]かけた。
ギーッとドアーの開いた気配を感じたのは、京子が、(まァ……)と席をはず[#「はず」に傍点]したのと同時だった。
それっきり、京子は、彼の傍《かたわら》へ来なかった。
(深沢のやつ[#「やつ」に傍点]が来たんか?)
源吉は、耳を澄ますと、陰のボックスから、男の笑い声にもつれ[#「もつれ」に傍点]て、京子の「くッくッく
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