番の倉さんに代ってもらっていた――すぐ岩ヶ根の隣駅、Tに駈つけ滑りこんで来た列車を捕えて、倉さんと交代した。

      六

 源吉は、熱っぽい頬を、夜風に曝《さら》しながら、一つ一つが、余りに順序よく、破綻を起さなかったのが、寧《むし》ろ、あっ[#「あっ」に傍点]気なくさえ思われた。
 だが、この轢殺鬼の計画は、最後まで、成功しただろうか――。
『あと二分……』
 源吉は、懐中時計を覗《のぞ》きながら呟《つぶや》いた。
 前方を注視すると、ヘッドライトの光が、夜霧に当って、もやもやとした雲を現わしていた。その白い雲が、動揺につれて、ふらふらと揺れ、頸《くび》を傾《かし》げると、京子の福よかな、肉体を表わしているのではないか、とも思えた。汽車はぐんぐん前進している。源吉は、鼻唄でも歌いたい気持だった。
 軈《やが》て、岩ヶ根の出《で》ッ鼻《ぱな》が、行く手を遮って、黒々と、闇に浮出して来た。その蒼黒い巨大な虫を思わせる峰には、最初の日、見たような、くすんだ[#「くすんだ」に傍点]朱の火星が、チカチカと遽《あわただ》しく、瞬《またた》いていた。
 カーヴ! 源吉は、窓から乗出して、縞を描いて流れるレールを見詰めた――。
 !轢《ひ》いた!
 その瞬間、源吉の乗出していた顔に、べたッとなま[#「なま」に傍点]暖かいものが飛ついた。血?
 源吉は、列車が止まるのも、もどかしそうに、飛下りた。
 源吉の躰は、ワナワナと顫《ふる》えていた。
(京子じゃない、京子じゃないぞ……)
 彼は冷汗を拭った。
(た、たしかに男だ。男を轢いたんだ)
 それは、轢いた時の、あの感じで、断言出来た。それに死骸である京子から、あんな、暖かい血の飛ぶ筈はない……。
 源吉は、助手から信号燈を受取ると、無遊病のように、歩き出した。
『アッ!』
 源吉はよろよろっとよろめいたが、すぐ立ちなおった。
 信号燈から円く落された光の中には恐ろしい有様《ありさま》が、展開されていた。
 ――そこには、ゴロンと二つの生首が転がり、二人分の滅茶滅茶になった血みどろな躰が、二三間先きに、芥《あくた》のように、棄《す》てられてあった。
(これは京子だが――)
 も一つの生首を確めた時、源吉は、又新らたな驚きに打前倒《うちのめ》された。
 も一つの生首、それは恋仇《こいがた》き深沢の首だったのだ。
 それどころか
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