遣《や》る瀬《せ》なさに、舐《な》めるように愛撫するのだった。
然し、何故か近頃、京子は源吉に、冷たいそぶり[#「そぶり」に傍点]を見せて来た。
勿論《もちろん》、この轢殺鬼と、女王のような、美貌の京子とが、無事に納まろうとは思えない。京子は源吉の列車が、余りに人を轢く、ということに、女らしく、ある不安を持って来たのだろうか。そして、そのポツンと浮いた心の隙《すき》に、第二の情人が、喰い込んだのではないか。
(京子の奴、なんだか変だな……)
源吉も、時々そんな気持に襲われた。と一緒に、火のような憤激が、脈管の中を、ワナワナと顫《ふる》わして、逆流した。
五
それは、源吉の危惧ではなかった。京子は、次第に露骨に、忌《いま》わしいそぶり[#「そぶり」に傍点]を見せ、弦《つる》を離れた矢のように、源吉の胸から、飛び出して行った。
源吉は、絶望のドン底に、果てもなく墜落して行った。と同時に彼の執拗な復讐感は、何時の間にか、野火のように、限りなき憎悪の風に送られて、炎々《えんえん》と燃え拡がって行ったのだ。
そうした無気味な、静寂は、何気なく京子のところに訪れた、深沢《ふかざわ》の姿で、破られた。
源吉は、限りなき憎悪をいだ[#「いだ」に傍点]きながらも、京子を思い切ることが出来なかった。泥沼のような憂鬱を感じつつも、松喜亭の重いドアーを押さぬ日はなかった。
その日も、薄暗いボックスのクッションに、京子と向い合っては見たが、間《あいだ》の小さい卓子《テーブル》一つが百|尋《ひろ》もある溝のように思われ、京子は冷たい機械としか感じなかった。そして、その気不味《きまず》い雰囲気に、拍車を加えるのは、京子のドアーが開くたびに、ちらり[#「ちらり」に傍点]と送る素早い視線だった。
(矢張り、深沢という奴を待っているんだな)
源吉はむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]した心に、アルコオルを、どんどんぶっ[#「ぶっ」に傍点]かけた。
ギーッとドアーの開いた気配を感じたのは、京子が、(まァ……)と席をはず[#「はず」に傍点]したのと同時だった。
それっきり、京子は、彼の傍《かたわら》へ来なかった。
(深沢のやつ[#「やつ」に傍点]が来たんか?)
源吉は、耳を澄ますと、陰のボックスから、男の笑い声にもつれ[#「もつれ」に傍点]て、京子の「くッくッく
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