は、朦朧《もうろう》とした意識の中で、自分が台の上に運ばれ、まるで死面《デスマスク》をとられるように、顔一面に何かを押しつけられたのを、ふわふわと憶えていたが……。
          ×
 中野は、ジリジリと照りつける陽を感じて、やっと眼が覚めた。
 まだ体がふわふわする――。が、こんどはそれは海の上のボートにいるからだ、と気づいた。
(なぜボートに乗っているのだろう……)
 一生懸命になって、やっと上半身を起した。外《はず》れたピントがだんだん調節されるように、視力が定まって来ると、いきなり中野は、ぎょっとして眼を見張った。
 つい、彼のすぐ眼の前で、櫂《かい》をあやつっている男は、まるで鏡の中を覗いたように、中野五郎ソックリ、寸分の違いもない男なのだ――。
「あら、気づかれたの……」
 その声に、又眼を見張ると、それは艫《とも》の方にいて、舵をとっていた小池慶子だった。
「あ、あなたも……」
「ええ、到頭来てしまったの……」
 慶子は、ジッと、心もち愉しそうに、中野の顔を見た。
「それでは――、中野さんも気づかれたようですし、失礼しましょう……。もう十分ほどすると、丁度このそばを
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