船が舫《もや》っているのに気づいた。十|噸《トン》ぐらいの白色に塗られたスマートな船だ。
 その岩蔭のあたりは、碧味《あおみ》をもった深淵になっていて、その位の船は、悠々つけられるのは知っていたが、船のあるのを見たのは今日がはじめてである。
 その船も、この辺ではついぞ見かけぬ船のようだ。岩蔭に、半分以上かくれているので船尾の船名は見えなかったけれど、見るからにスピードの出そうな、近代的な流線型の船首が、ゆっくりと波にゆられていた。
「珍しい船がいるね」
 中野は、望遠鏡から眼を離して圭さんをかえりみた。
 圭さんは相変らず、その陽焼けした顔に、一すじの表情も浮べないで
「うん……外人のだろう」
 そう、気のなさそうな返事をして、見向こうともしない。中野は仕方なしに、また望遠鏡を覗きこんだ。
「…………」
 いつの間にか、いま一寸眼をはなしたばかりなのに、その間に船には人影が現われていた。しかもあでやかな、薄いワンピースを着た若い女性らしく、その藤色というよりも小豆《あずき》色に近い色調が、陽の照りかえしのように眼に沁《し》みた。中野は、あわてて接眼レンズを拭いなおしたり、ピントを調節
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