けの跡を発見した時、私の心の隅にあった獣心が、力強く起き上って来、烈しい嫉妬に、思わず椅子をはねのけて立上った。
(夢の中の恋人だなんて――)
私はそんな美しい言葉を使った黒住が、殺してもあきたらぬように思えて来た。
やがて人形ルミと黒住との優しい愛の囁きがボソボソと聞え始めて来た時は、私の心は全く平衡を失っていた。この奇怪至極な、この世のものでない雰囲気は、私の心をすっかり掻き乱してしまったのだ。
私はテーブルの上に投出された鍵をつかむと、ぶるぶると震える手でドアーを開け、又ピンと錠をおろしてしまった。ばあや[#「ばあや」に傍点]はもう寝てしまったのか、目にふれなかった。私はその儘黒住の家を抜け出すと、あてもなく夜の道に彷徨《さまよ》い出た。
(人形、ルミ……)
夜は深閑と更けて、彼方の骸骨のような森の梢には、細いいまにも破け落ちそうな月がひっかかり、新聞紙がもののけのように風にのって駛《はし》っていた。
(黒住のヤツ、わざわざ俺の目の前で……)
私の網膜には、まだあの縺れ合った恥態が、なまなましく焼きついていた。
「ふ、ふ、ふ……」
フト、ポケットに突込んだ手の先に鍵が
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