モ有り難いけど、でも駄目な話だ、僕の恋人は夢の中だけしか現われて来ないのだ――』
(夢の中の恋人――)
 私はその時代がかった話に、重ねて唖然とせざるを得なかった。
(今の世の中に、夢の中の恋人に憬《あこが》れる男があろうか……)
『君、とても信じてはくれないだろうけど、その彼女。ルミは、あの夢現《ゆめうつ》つのまどろみの中に現われるのだ――あの素破《すば》らしい弾々《だんだん》たる肉体、夢の様な瞳、葩《はなびら》のような愛らしい紅《くちびる》、むちむちとした円い体の線は、くびれたような四肢を持って僕にせまって来るのだ、イヤ、僕の口ではとても満足に彼女の素破らしさを伝えることの出来ないのが残念だ……』
 黒住の顔は、かすかではあるが紅潮して来たようであった。
 彼は又続けるのである。
『僕は、その彼女と逢う為に、前にも増してどんどん眠りを減らして、その深いまどろみをつくらなければならなくなった、――この儘では、眠りを全然失った時、それは僕の死ぬ時かもしれないけど……そんなことは、今の僕には問題じゃない。――ただ最後の場合になった時に、君だけはタッタ一人の友だちだから、事情を知っていても
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