ど、兎も角そうしたものがある以上、近所にこの沼を利用している人間が住んでいることは間違いもないことだ。
 地図に無い沼を偶然に発見して、ハイカーらしく胸を躍らせていた川島は、見事に肩すかしを喰ったような気持だった。
(しかし……)
 川島は、道のない水際をそのボートの方に歩きながら考えた。この沼には魚の類は一つもいないようだ。――若しいるとすれば、魚にとって絶好な食物の緑い微生物が、これほどまで自由に繁茂し、沼全体を占めてしまうわけがない。とするとそのボートは人間が魚をとるために使うものではなさそうである。

      二

 とにかくそのボートのつないであるところに行けば、人間の来る小径がついているであろうと、ともすれば足許の滑りそうな水際を踏しめながら進んで行き、沼の面とすれすれに横に匍い出た大きな紅葉の幹を乗越えた時だった。
 今度こそ川島は、流石にギョッと眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ってしまったのだ。
 その入り込んだ蔭になっていたボートの艫《とも》に、これこそ全く思いもかけなかった少女が独り、真正面《まとも》にこちらを向いたまま腰をおろしているので
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