まえ……」
指差された森の繁みの中には、まだ何も見えなかったけれど、そういえば誰かが近寄って来るらしい、幾つかの跫音が、動きのない空気を透して、静かに伝わって来る。
川島はじっと眼を灑いで待っていた。そして、ちらちらと人影が見え、最後の太い柏の幹の裏から、くるっと廻ってその全身をあらわした二人の少女が眼に泌みた途端、無意識に、低くはあったが、呻きに似た声を洩らしてしまったのだ。
まったく、想像も出来ない人影だった。奇蹟だった。
そこには、もう二人の『洋子』があでやかに立っているのだ。
川島は、愕きというよりも、恐怖を覚えた。汗をかいたままでしばらく立止っていたせいばかりでなく、何か全身に濡れたような冷めたさを覚えた。
そして、この周りをとりまく森という森の茂みの中には、何千何百という無数の『洋子』が充満し、一斉にワッとばかりに飛出して来るかのような眩惑にさえ襲われた。
しかし、夢でも、手品でも、幻術でもないのだ。沼の上の、森を刳ぬかれた青空には、南国の太陽がギラギラと輝いているのである。
四
この人里離れた山の中の、鬱蒼たる森に囲まれた沼のほとりで、聊か
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