溜めただけのことだ」
「へえ、大変な事業ですね、何かよっぽどの研究でもされているんですか」
「ふむ――」
その男は、もう一度川島の顔を疑《うたぐ》るような眼つきで見廻したけれど、しかしそれは彼の微笑に押しかえされてしまった。
そして無意味に二三度頷くと
「君に果してこの画期的な事業が呑込めるかどうかはわからん、が、興味だけは持てるに違いない――、つまり其処にいる洋子に関することだからね」
そう真正面《まとも》にいわれた川島は、又あわてて笑いを浮べたのだが、それは片頬が纔《わず》かに顫えただけの、我れながら卑屈なものであった。そして、照れたように後の洋子を振りかえって見ると、彼女は、まださっきのままに舳先に腰をおろしてい、真黒な瞳《め》をあげて、川島の汗の泌出た背中をジッと見詰めていたようである。
「ふむ、尠くとも君は悪い人間ではないらしい、信用しよう、いや歓迎しよう、ぼくは何も自分独りでこの素晴らしい新しい世界を独占しようとは思っておらんのだからね、というよりか君のような青年に、大いに語りたいのだ、年をとった者は駄目だ、年をとった者は何んでも自分の常識の中でしか行動しない、自分の
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