好で、並べられてあった。
「まあ一服して下さい、煙草を吸っても一向構いませんよ」
 吉見はそういいながら、不細工な椅子をすすめてくれた。
 眼の前の頑丈な実験台の上には、フラスコに入れられた緑《あお》いどろどろしたものが置かれてあった。それはさっきの沼の全面を占領していた青みどろのようであった。
 川島が、ほかに眼のやり場がなくて、それを見詰めていると、吉見は吉見で、それが彼の眼にとまったことを如何にも嬉しそうに
「これを知ってますか」
「いいえ。――植物ですか、小さな」
 そのあやふやな言葉にも、吉見は手を拍たんばかりによろこんだ。
「そうですそうです、植物です、じゃ、こっちを見て下さい」
 吉見は、何か培養器のようなものから、載物硝子《さいぶつガラス》に移したものを顕微鏡にかけ、川島をせきたてるようにして覗き込ませた。
 覗き込んだ川島は、ただ何か得体の知れぬものが伸びたり縮んだりして動き廻っていることしか、わからなかった。
「どうです、なんだと思いますか」
 吉見は、川島が眼を離すのを待ちかねたように顔を近づけて来た。
「さあ――」
「動物ですか植物ですか」
「さあ――」
 川島は返事の仕様がなかった。
「植物です、緑色に見えるでしょう、葉緑体をもった立派な植物なんです、動く植物、動物のように活躍する植物なんですよ」
 吉見の眼は、その奇妙な言葉とともに今迄にない生々とした色を浮べて来た。

      五

 川島は、脚のせいかそれとも床のせいか、兎《と》も角《かく》ガタガタと坐りの悪い椅子に腰をおろしながら、少々あっけにとられた形で吉見の言葉を聞いていた。
 吉見はまるで話したくてたまらなかったところへ、思いがけない無二の聞き手を見つけ出した時のようにびっくりするような熱心さで話しつづけるのだ。
「どうです、今君が、その眼でシカと見たように、植物の祖先も又動物の祖先のように活溌に動き廻っている。なるほど高等な動物と、高等な植物とは一見して判るけれど、しかしそれを遡ぼって行くにつれて、その境界というものは、甚だあやしくなって行くんだ。松の木と、その上に登っている猿とは一つとして似てはいない、それはお互いに分れた道を頂上まで登りつめているからだ。けれど、それを逆に次第に元へ戻って辿って行けばやがていつか同じ一本の元の道になってしまう。松も猿も、ともに養分を摂り
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