、それを体の中に循環し、そしてともに消化酵素を持ち、呼吸をする、その生活状態はまったく共通なのだ」
「……そうですね」
 川島は、この吉見という男が、一体何を話し出そうとしているのか見当もつかなかった。が、ただその熱心な話しぶりには充分に好意が持てた。
「……そうですね、太古には植物とも動物ともつかぬ生物があって、それから色々なものが次第に進化して来たのが今の世の中だ、ってことは聞いてましたが……」
「そう、その通り、まったくその通りなんだ、先ず最初にやがて植物となるべき微生物が今君が顕微鏡で見たようなもの――と、それらのように葉緑体も細胞膜も持っていない――つまりやがて動物となるべき――細胞体とが分れた、それは全歴史を通じての最大な分岐点といえるだろう。ここに於いて松と猿とが分れたんだ、人間と雑草とが分れてしまったんだよ、だがしかし全く別のものではない、進化の仕方が途中で分れてしまっただけなんだ。運動や感覚は動物だけのものではない、朝顔の花は夜あけとともに開く、だから植物だって運動をする。その上はえとりぐさ[#「はえとりぐさ」に傍点]の奴は濡れた紙片をつけてやると欺されて捉えるけれど、つづけて二三回も欺してやるともうその次には反応をしなくなる、これこそ植物にも感覚と記憶があるという疑いのない証拠なんだ」
「ははあ、しかし一般に植物は動物みたいに活溌じゃありませんね」
「そう、そこだよ、その違いがこの二つの物の、最も根本的な違いなんだ、植物の奴は動物と違って食糧の残滓を体の外に棄てることを知らない――、それが不活溌なことの最大の原因なんだ、動物にしても海鞘《ほや》のように腎臓のない規則外れの奴があるが、こいつは迚《とて》も動物とは思えないほど鈍間《のろま》なんだから、このことからも残滓の排泄を知らないで、全身中にへばり附けている植物は不活溌だろうじゃないか」
「…………」
 相槌を打っていようものなら、吉見はおよそ何時間でもこの奇妙な話をつづけているに違いなかった。
 川島は、さっきの吉見の口ぶりから、なんとなくあの美しい洋子達に関しての秘密でも打明けられるように勝手に思い込んで、ついうかうかとこの妙な小屋について来た経緯《いきさつ》に少しずつ後悔を覚えて来た。こんな別の世界のようなことを、長々と聞かされるくらいなら、あのまま分れて、陽のあるうちに目的の熊野川へ出て
前へ 次へ
全14ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング