と鳴いていた。往《ゆ》きちがう人のなかには、不審そうな眼をするのもいた。
「よわったね……、あっ、チ、チキショウ」
「あら、どしたの」
「こいつ……」
 喜村は、小犬の頸をつまんでポケットから吊り出すと
「此奴《こいつ》、とうとうやっちまった……どうも変だと思ったが……」
「あらやだわ、ポケットの中で?」
「うー、ズボンまで浸《し》みて来る――」
 喜村は、あわててオーバーの釦《ボタン》をはずしてハンカチで拭いていた。
「やな子ねえ……」
 美都子の手の上で、小犬はまだ鳴きつづけていた。
 と、その時、眼の前を歩いていた、小さい風呂敷《ふろしき》包を持った、バーからバーを廻って歩く少年らしいのが、変にゆっくり歩き出したな、と思う間もなく、冷たいアスファルトの上に、ころんと横になってしまったのだ。
「あらっ」
 美都子は、もう少しで小犬を取落すところだった。
「この児《こ》も」
 喜村も、ハンカチの手をとめて、村田と顔を見合せた。
 何か、真黒な悪魔の翼が、この帝都を覆っているような怖れを覚えた。
 村田は、小走りで二三軒先きのタバコ屋に行くと
「一寸電話をかけてくれ、あそこに男の子が倒
前へ 次へ
全23ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング