た。
「おう、村田か、しばらくだったな」
 そういって、つるんと鼻のしたを撫《な》ぜた為種《しぐさ》まで、思い出すまでもなくその頃からの喜村の癖だった。
「どうだい、その後は……」
 村田が、まあ掛けろ、というように椅子を指して
「それはそうと、珍らしいところで逢ったもんじゃないか……、たしか高等学校の二年で忽然と姿を消しちまったって噂だが、――誰かがそういってたぜ」
「まさに、その通り」
「ふーん」
「忙しいんでね――」
「何やってんだ、一体――。別に学校を退《や》めるほどの事情もなさそうだったが、働かなきゃならんほどの」
「犬――を飼ってるよ、それが仕事さ」
「へーえ」
「学校なんかよかグンと面白い――。それに今は時節柄、軍用犬の方の仕事もひどく忙しいんでね」
「おやおや、犬が好きだってことは聞いていたが……、すると犬屋か」
「左様――」
 喜村は、又鼻の下を撫ぜて、大きく頷くと、何かを思い出したように、あわてて元のボックスに戻って、脱ぎのこしてあったオーバーを抱えて来た。
「おい見ろよ」
「え――」
 喜村は、オーバーのポケットから小猫のような犬を抓《つま》み出した。ポケットテリ
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