方へ、どんどん歩き出した。それを見た男は、急に周章《あわ》てたように
『君、君――』
と後《あと》から呼びかけた。だが中田は、もう返事どころか、振向きもしないで、ずんずん先の方へ歩き続けていた。
三
中田は歩きながら、茲《ここ》この頃、ひどく不運つづきの自分自身に、全く愛想がつき果てて思わず大きな溜息を排《は》き出した。
こんな荒涼とした、人っ子一人見えぬ、冬の暮れかかる原野で、人もあろうに、狂人の話相手にされるとは――
あ、そういえば、今あの男は、病院から看護人の隙《すき》を窺《うかが》って、遁げて来たんだといっていた――すると……。
中田はどうやら、この荒涼たる原が、どの辺だかを、朧気《おぼろげ》ながら想像することが出来てきた。彼の考えでは、ここは確かK――電車の沿線、松沢駅から程遠からぬ多摩川よりの所ではないか、というのであった。なぜならば、そう考えると、その附近にはあのK――という有名な精神病院がある筈だからである――。
中田が、やっとここまで考えて来た時、グッと肩を引き戻されたと同時に、耳元であの狂人の言葉を聞いた。
『君、君、遁げなくてもいいだろ
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