っている――それは中田に取って、恐るべき事実であった。中田は思わず飛び立って遁げだそうとした。
だが、失恋というものが、こんなにも感傷的な気持を誘うものだろうか――中田は今、沁々《しみじみ》とそれを体験した。
『何をいいやがる、殺せるものなら殺してみろ』
中田は思い切り大声で呶鳴《どな》った、然し、それは妙にかすれた、うわずった声であった。
『何、僕では殺せないというのか』
狂人は短刀をしっか[#「しっか」に傍点]と持ちなおした。そして、よろよろと立ち上ると、もう二つの影はもつれ始めているのであった。
――やっと持ちこたえていた暗灰色の空からは、もうまち切れぬように、身を切るような霙《みぞれ》が荒涼たる原一面を覆って、しょぼしょぼと降り出して来た。折れ朽た雑草に、積り古《ふ》りた落葉に、霙の解け滲《にじ》む陰惨な音は、荒れ果てた曠野一面に響くかと思われた。そしてまた、薄黒い北風が、なお一層激しく吹きつのって来た……
×
翌日はうらうらとした小春日和が、なごやかに訪れて来た。新聞の朝刊には「失恋自殺」と題して中田の死が、彼の最後の感傷を裏切って、たった二三行で簡単に
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