ていた短刀を握りしめたのです。しばらくすると、あいつ[#「あいつ」に傍点]到頭《とうとう》、濡れた雑巾のようにくしゃくしゃになって死んで仕舞ったんです。その時の気持、それはなんといったら言い表わすことが出来ましょう。僕はこの瞬間、思わず頭のクラクラする恍惚感を感じたのです。真赤な血の海の中をひくひくと動く蒼白な肌の色は何人《なんびと》も描くことの出来ない美の極地ですね』
こういって、その男は、軽く一息ついた。そして腐った無花果《いちじく》のような赤黒い唇を一寸舐め、中田の顔を覗き込んで、ふ、ふ、ふ、と小さく笑うのであった。
中田は思わず感じたゾクンとしたものを押隠そうとして、周章《あわて》て
『君、君はいつも短刀を持っているのかい』
『持っていますよ。人殺しは短刀に限ります。ピストルなんかで遠くからやったんじゃ、ちっとも感じが出ませんや、ぬめり[#「ぬめり」に傍点]とする肌にこれ[#「これ」に傍点]が喰い込んで行く時の快感が僕をぞくぞくさせるんです――』
その男は中田の目の前に、何処に持っていたのか、一|振《ふり》の短刀を突き出したのだ。
この悪に麻痺《まひ》した狂人が短刀を持
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