孤独
蘭郁二郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)何時《いつ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)どっしり[#「どっしり」に傍点]した
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 洋次郎は、銀座の裏通りにある“ツリカゴ”という、小さい喫茶店が気に入って、何時《いつ》からとはなく、そこの常連みたいになっていた。と、いってもわざわざ行く程でもないが出歩くのが好きな洋次郎は、ツイ便利な銀座へ毎日のように行き、行けば必ず“ツリカゴ”に寄るといった風であった。
“ツリカゴ”は小さい家だったけれど、中は皆ボックスばかりで、どのテーブルも真黒などっしり[#「どっしり」に傍点]したものであり、又客の尠い為でもあろうか、幾ら長く居ても、少しも厭な顔を見ないで済むのが、殊更に、気に入ってしまったのだ。
 何故ならば洋次郎は、その片隅のボックスでコーヒーを啜りながら、色々と他愛もない幻想に耽けることが、その気分が、たまらなく好ましかったからであった。
 そうして何時か黄昏《たそがれ》の迫った遽《あわただ》しい街に出ると、周囲のでかでかしいネオンサインの中に“ツリカゴ”と淡く浮くちっぽけなネオンを、いじらしくさえ思うのであった。
 そうして今日まで交《かよ》う中、洋次郎は図らずも今この“ツリカゴ”の中で、一人の見知らぬ男に話しかけられた。その男は洋次郎よりも古くから、店の常連らしく、そういえば彼が始めてここに来た時に、既に何処かのボックスで、一人ぽつねんと何か考え事をしていたこの男の姿が、うっすら[#「うっすら」に傍点]と眼の底に浮ぶのであった。
 その男――原と自分でいっていた――は、人より無口な洋次郎にとっては随分雄弁に色々と話しかけて、洋次郎自身一寸気味悪くさえ思われた。
 然し、洋次郎はこの男の話を聴いて行く中に、それが何故であるかが、段々解って行くように思われた。
(この男、懐疑狂だナ……)
 如何にもこの男の話は妙な話であった。それでいて洋次郎には、一概に笑ってしまえない、胸に沁透る何かがあった。
 ――あなたもよくこの家へ来られるようですが、その途中で何時も同じ人に会うことがありますか。
 原という男は、そんなように話した。
 ――さあ、そういえばないようですね。
 ――さようでしょう、私にはそれが、非常に妙な気持を起させるのです。毎日毎日街上で、或は
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